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アルファの伝説―音楽家 村井邦彦の時代 [著]松木直也

[評者]宮沢章夫(劇作家・演出家)

[掲載]2016年11月13日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■新しい「環境」作った独自の感性

 録音スタジオがミュージシャンにとってどれだけ意味があるか。一九六〇年代から七〇年代にかけ、この国のポピュラーミュージックが新しい意識でそれに取り組んだことで、音楽性も変わった。つまり、ここに書かれているのは、新しいスタジオが生み出した音の意味だ。
 本書は、「アルファ」というレコード会社(初期は音楽出版社だが)の歴史が描かれ、特に、荒井由実(=松任谷由実)が主導する初期の姿が多くを占める。当時のアルファを支えたのが、赤い鳥と松任谷由実だったから仕方がないとはいえ、そのあいだ「音楽家」としての村井は背後に時折、姿を見せるだけだ。
 それが村井邦彦のスタンスだった。
 だが、ここで、村井に与えられた「音楽家」という呼称は、ザ・テンプターズのヒット曲「エメラルドの伝説」など多くの楽曲を作った仕事だけではなく、なにより新しい「環境」を作った人物を意味する。
 村井はアメリカとの強いコネクションを元に大手レコード会社A&Mと契約する。アメリカで村井がなにを観(み)てきたか。その経験のひとつひとつから、いかにいいスタジオを作るかという重要性を村井が感じたのは、過去の歌謡の世界における「音楽家」とはまったく異なる。当時としては独自の感性だ。
 いまある日本のポップミュージックは、突然、生まれたのではない。その系譜の中にアルファの役割の大きな意味と新しい音楽家の姿がある。つまり、後年、YMOがアルファから登場したことも偶然ではないことを本書は語る。
 そのためには成熟が必要だった。もちろん村井だけの業績ではなく、大瀧詠一、加藤和彦をはじめ、日本のロックの系譜は多くの試行から育った。その「試行」とは楽曲だけの成果ではない。本書が強調するように、「アルファ」という環境が生み出した側面を見逃すわけにはいかない。
    ◇
 まつき・なおや 55年生まれ。「ポパイ」「ブルータス」の編集に携わる。著書に『ミクニの奇跡』など。

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