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ヒトラーと物理学者たち―科学が国家に仕えるとき [著]フィリップ・ボール

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2016年11月13日

[ジャンル]歴史 政治 科学・生物

表紙画像

■改めて問われる研究者の政治観

 戦争における科学者の社会的責任は何か? この古くて新しい課題を、ヒトラー政権下でドイツの物理学者たちがどのように活動したかを題材として、綿密かつ明快に解き明かす。
 著者は、科学雑誌『ネイチャー』の編集者をしていた人。科学界全般に対する広い視野と、今日的状況との関連を明確に意識していて、それが多くの類書にはない活(い)き活きしたリズムを生み出している。
 資料はほとんど二次文献に依拠しているが、それがむしろ本書の長所にもなっている。このことによって、バランスのとれた幅広い視野と視点を著者が維持し続けることができたように思われる。
 当時のドイツの物理学者たちが大勢登場するが、中心人物はマックス・プランク、ピーター・デバイ、ヴェルナー・ハイゼンベルクの3名のノーベル賞受賞者だ。彼らは立場や考えは違えど、それぞれに何らかの形でナチ政権の民族差別的科学技術政策を後押しする結果となった。プランクは良心的に法と秩序を重んじたがゆえに、デバイは個人的な生活関心事を最優先したがゆえに、ハイゼンベルクはドイツの物理学を世界一にしようと野望をいだいたがゆえに。
 戦後、彼らを含むドイツ人物理学者10名が一所に軟禁されていた時の会話が、盗聴記録されていた。その分析は、本書の圧巻である。ハイゼンベルクやヴァイツゼッカー(後のドイツ大統領の兄)らの傲慢(ごうまん)さや自己正当化が際だっていて、読んでいて気分が悪くなるほどだ。しかし、同じ立場に置かれたとき、彼らとは違って権力に真っ向から反対できる人が何人いるだろうか。ぼくは全然自信がない。
 軍事研究と平時研究の境目は曖昧(あいまい)だ。研究内容や資金源によって一線が引けるものではない。だからこそ、研究者たちの政治観や国家観、社会観、人間観、そういったものが大切なのだと改めて思い知らされる。
    ◇
 Philip Ball サイエンスライター。著書に『音楽の科学』、3部作『かたち』『流れ』『枝分かれ』など。

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