アウシュヴィッツのコーヒー―コーヒーが映す総力戦の世界 [著]臼井隆一郎

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)  [掲載]2016年11月20日   [ジャンル]政治 社会 

■深い味わいに影落とす民族差別

 アウシュビッツ強制収容所ではユダヤ人を回教徒(ムーゼルマン)と呼んでいたという。この悪ふざけのような習慣がなぜ作られたのか、理由を知りたいとずっと思ってきた。
 本書はイスラームとユダヤの間に「コーヒー」という補助線を引く。コーヒーはイスラームをルーツとし、ヨーロッパに伝播(でんぱ)した後、中毒的に広まる。その中で新興ドイツはインドネシア産コーヒーをオランダから買うしかなく、輸入超過に悩んだフリードリヒ大王は植物原料の代用コーヒー開発を国内化学産業に求めていた。そんなドイツが1883年、念願の植民地をアフリカに持つ。コーヒー栽培で原住民と接触したドイツ人は「働く者」を生かし、「働かざる者」を殺す活殺自在の論理を育む。
 その行き着いた先がアウシュビッツだった。収容所では「シャワーのあとにはコーヒーを出す」からと騙(だま)してユダヤ人をガス室に送った。毒ガスは代用コーヒー作りで発展した化学産業が製造したものだった。
 ちなみにアウシュビッツ以前のドイツにはコーヒーばかり飲んでいると回教徒になると歌う「コーヒー・カノン」が広く愛唱されていたという。食欲抑制や抗眠作用に期待してコーヒーを愛用していたイスラームの故事を踏まえ、コーヒー過剰摂取で神経を病み、体調を悪化させた人を「回教徒」と揶揄(やゆ)する習慣は既にあったのだ。それを収容所のユダヤ人にまで適用したのが、痩せこけた囚人たちへの憐憫(れんびん)の情からであろうはずもない。たかが呼称だが、そこには近代社会が育んだ自民族支配、他民族差別のイデオロギーが影を落としている。
 アウシュビッツへの軌跡を軸とする本書は前著『コーヒーが廻り 世界史が廻る』(中公新書)より苦味が効いている。加えて積年のコーヒー史研究の集大成としてアフリカ、南アメリカ、極東に及ぶ知識も存分に披露され、複雑な陰影を湛(たた)えたコーヒーのような深い味わいの一冊となった。
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 うすい・りゅういちろう 46年生まれ。東京大学名誉教授。専門は文化学など。『『苦海浄土』論』など多数。

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