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ミズーラ―名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度 [著]ジョン・クラカワー

[評者]星野智幸(小説家)

[掲載]2016年11月20日

[ジャンル]社会

表紙画像

■被害者に向けられる疑いの目

 「レイプ神話」をご存知(ぞんじ)だろうか? レイプとは暗闇に潜んで相手を襲う変質者の性犯罪であり、相手の抵抗を押しきって振るわれる暴力である、というイメージを指す。これは大半のレイプの実像とはかけ離れているにもかかわらず、あまりにも多くの人の脳内に植え付けられているため、レイプの被害者は起こった事実を訴えても信じてもらえない、という過酷な目に遭い続ける。
 では実像はどんなものなのか。アメリカンフットボールで有名なモンタナ大学を2010年代に揺るがしたレイプ問題を、緻密(ちみつ)な取材と研究で追った本書によると、全米のレイプの8割は友人知人によるものだという。また、被害者は強い恐怖に支配され、多くのケースで、相手をキレさせないよう途中で抵抗をやめてしまう。それは戦場と同様の死の恐怖で、生涯消せない後遺症を心に残す。だがレイプ神話の作用により、抵抗しなかったことが、加害者にも世間にも、合意だったとみなされてしまう。
 この本では、その理不尽さの実例が、裁判でのやりとりとして詳細に示される。読んでいて息が苦しくなるのは、訴えた側の被害者のほうが、まるで詐欺師であるかのように手ひどく責められるから。その結果、レイプ犯は無罪となる。虚偽の訴えは多く見積もっても1割だというのに、被害者は常に疑いの目で見られる。
 なぜレイプ神話は生き残り続けるのか。地域の英雄であり品行方正なアメフト選手がそんなことをするはずがない、という住民のプライドが、法を機能させなくするのだ。そこには歪(ゆが)んだ優越意識が潜んでいる。
 このスキャンダルへの批判や米司法省からの調査もあり、ミズーラ市警は、まずは被害者の話を第一義的に信用して捜査にかかるという原則を明確にした。
 日本でのレイプ事件も、構造は同じだ。まずは私たちの中のレイプ神話を解体することから始めたい。
    ◇
 Jon Krakauer 54年生まれ。ジャーナリスト、作家、登山家。『空へ』『荒野へ』『信仰が人を殺すとき』

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