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「ジュリエット」書評 人生の分岐点、自然な手つきで

評者: 蜂飼耳 / 朝⽇新聞掲載:2017年01月08日
ジュリエット (CREST BOOKS) 著者:アリス・マンロー 出版社:新潮社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784105901318
発売⽇: 2016/10/31
サイズ: 20cm/445p

ジュリエット [著]アリス・マンロー

 だれの人生にも、いくつもの岐路がある。意識できる分岐点もあれば、気づかないうちにそれが訪れる場合もある。アリス・マンローは、そんな事柄の扱い方と描写に長(た)けている。
 読み進めるうちに、深くうなずかされる。予想できない展開、というのとは違う。むしろ、どういうわけか何も予想させはしないほど、この作家の小説は人生そのものに類似する。つまり、分岐点となる思いがけない出来事が、ほとんど自然な手つきに見える方法で仕組まれ、描かれる。この作家が、チェーホフの後継者と称される理由もわかるというものだ。
 短編小説集である本書の中でとりわけ注目されるのは、一人の女性の人生を追いかける連作「チャンス」「すぐに」「沈黙」だ。
 主人公はジュリエット。ギリシャ語やラテン語、古典を学ぶ大学院生だ。故郷の町は、女性が学問をすることへの理解があまりない環境。ある日、長距離列車で、乗りあわせた男に話しかけられる。ジュリエットは、読書をしたかった。古代ギリシャ人に関する本に夢中だった。それで相手を冷たくあしらう。ほどなく男は命を落とし、ジュリエットは平静さを失う。同じ列車にいた漁師と語り合ううちに心をひかれ、やがて彼のもとを訪ね、ともに暮らすことになる。
 時は流れ、漁師のエリックとの間に生まれた娘のペネロペは二十歳になる。ジュリエットのもとから離れて何かの「修行」の生活に入る。いまではキャスターとしての経歴を持つジュリエットは、娘を呼び戻したい。だが、娘は会おうとしない。「ペネロペはわたしに用がないのよ」
 出来事の受けとめ方や、判断、決定。その理由は後からいくらでも述べられる、とは作者は書かない。理由とは、簡単には見つけ出せない性質のものであることもまた熟知しているからだろう。アリス・マンローの作品を、信頼できる根拠がそこにあるのだ。
    ◇
 Alice Munro 31年カナダ生まれ。短編小説の名手として知られ、2013年にカナダ初のノーベル文学賞。