マラス―暴力に支配される少年たち [著]工藤律子

[評者]星野智幸(小説家)  [掲載]2017年01月15日   [ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝 

■ギャングしか選択肢のない社会

 私が中米を旅した1990年代前半、各国は内戦が終わったばかりだった。社会も経済も荒廃し、中米からメキシコを陸路で越えてアメリカに出稼ぎに行く人たちが後を絶たなかった。
 だがアメリカ社会に溶け込めず仕事にあぶれた不法滞在の若者たちは、ギャング団を作り始める。90年代のカリフォルニア州政府はこれを強制送還。母国では当然、仕事などないから、そのままギャング稼業を続けることになる。このギャング団をマラスという。
 主に二つの巨大勢力があり、中米の各都市で、敵と見れば殺し合う凄惨(せいさん)な縄張り争いを繰り広げている。中でもホンジュラスは、10万人あたりの殺人件数が世界一という治安の悪さだ。そこに乗り込んで、現役や元マラスのメンバーに丁寧な取材をしたのが本書だ。
 マラス問題が悪化する原因は大きく二つ。一つは、若者が苦境を抜け出せるモデルケースが、マラスしかないこと。極貧状態に加え、親が問題を抱えていることが多く、食と人との関わりに飢えた少年は、マラスの誘惑に抗しきれない。本心ではまっとうな教育と仕事に就きたいのだが、その選択肢はなく、自分をまともな存在として認めてくれるのはマラスだけなのだ。
 二つめは、悪は根絶やしにせよ、という政府の方針。貧困対策をするのではなく、反マラス法を制定、怪しきは片っ端から捕まえ、時には殺してしまう。この殲滅(せんめつ)作戦が、マラスをさらに凶暴化させ、予備軍を生む温床を広げている。地元では、マラス以上に警察が恐れられている。
 著者は、世界中の子どもたちが今、「偽りのアイデンティティで自分をごまかし、生き延びようともがいている」と見る。日本でも、自尊感情の低さを、いじめに加担したりして周りと一体化するという偽りのアイデンティティで埋めているだけではないか。子どもだけでなく大人まで含めて、社会を分断する排除の構造は他人事ではない。
    ◇
 くどう・りつこ 63年生まれ。ジャーナリスト。『仲間と誇りと夢と』など。本作で開高健ノンフィクション賞。

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