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岩場の上から [著]黒川創

[評者]大竹昭子(作家)

[掲載]2017年03月26日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■ヒトの愚かさ見つめ「未来」描く

 二〇四五年の日本が描かれるが、「近未来小説」というのとは、ちょっとちがう。使用済み核燃料の処理問題、「積極的平和維持活動」の名の下での参戦、浜岡原発に籠城(ろうじょう)する兵士、と物語の設定も大きいが、「壮大」と形容すると、抜け落ちるものがありそうだ。漂う空気は懐かしく、個の気配が濃厚で、相反するものが呼吸のようなものでより合わされている。
 舞台は、最終処分場の建設が噂(うわさ)される北関東の町「院加」。登場人物は複数いるが、十代の少年シンだけが町の者ではない。高校を中退し、全国を放浪中にたどり着き、しばらく留まることにした。
 彼に寝る場を提供した八百屋の店主は平和活動の同志の女性と駆け落ちする。シンは役所勤めの年上の女性と付き合う。その人の兄は金稼ぎのために軍隊に入る。著者は登場人物の名前を、「さん」付けしたり、なしにしたり、距離に応じて呼び変える。通常はしないことなので驚いたが、次第にその融通無碍(むげ)な語りの口調が、人間的な空気を生み出すのに貢献しているのがわかってくる。
 つまり、近未来社会を構想し、そこに人間を乗せて引き回すのではなく、関係の編み目のなかに人間をとらえた上での三十年後の日本なのだ。未来なのに懐かしいのは、そのためである。「未来」とは概念にすぎないのだから。新しい事態にすぐに慣れて当然のこととみなすのが、私たちの時間感覚なのだから。
 反対に、身体感覚を超えて巨大化する社会構造や、それを支える政治システムは不気味さを増していく。現状を鋭く分析する筆者の未来図は、むろん明るいものではない。類としてのヒトの愚かさを見つめ、「この先、人類はもう滅びるしかない」とも言う。でもその言葉に昏(くら)さはなく、人間の哀(かな)しさが残響する。そして気がつけば、その哀しみにより心が浄化されているという不思議な循環が起きている。希有(けう)な作品だ。
    ◇
 くろかわ・そう 61年生まれ。作家・評論家。『かもめの日』で読売文学賞、『京都』で毎日出版文化賞。

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