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選択しないという選択―ビッグデータで変わる「自由」のかたち [著]キャス・サンスティーン

[評者]武田徹(評論家・ジャーナリスト)

[掲載]2017年03月26日

[ジャンル]経済

表紙画像

■「デフォルト設定」で生じる余裕

 近代社会は個人の自由な選択を尊重してきた。その意味で本書は題名からして反感を買いかねない。
 だが複雑な社会で全てを決めることは実は不可能。多くが既定路線として用意され、複雑性を縮減してくれているから私たちは大過なく生きてゆける。
 そんな実情を踏まえる時、〈既定路線=デフォルト設定〉を社会と個人に利益をもたらすように洗練させることこそ重要だと著者は考える。たとえば過去の実績をもとに個人的な事情や嗜好(しこう)に合わせた選択肢をデフォルトとして提案する最新のビッグデータ分析技術をどう受け入れるか。予定調和に偏る弊害を防ぐために偶然の導入(セレンディピティ)をも視野に入れるなど隙のない議論が繰り広げられる。
 誤解なきようにしたいが著者は自己決定を軽視していない。法に基づく命令と異なり、デフォルト設定の利用は強制ではなく、加入(オプト・イン)も拒絶(オプト・アウト)も選択可能だ。そしてデフォルトを設計する「選択アーキテクト」の役割を誰が、どのように担うかも選ぶ必要がある。デフォルトを設定するのは習慣の蓄積だったりITだったりするが、最終的な選択は個人に委ねられる。そうした重要な選択に余裕をもって臨むために選択せずに済むものは済ませておくのであり、〈選択しない選択〉は結果的に〈よりよい選択をする選択〉になると考えるのが著者の立場だ。
 全てが自己決定される〈自由な社会〉は机上の空論だが、一方で自己決定権を譲渡すれば即座に〈管理社会〉化するわけでもない。両極端の間に広がる現実社会で、いかに自由を最大化し、管理を最小限で済ませるか。均衡を探るところが著者のリバタリアン・パターナリズムの真骨頂。独特のアイロニーやレトリックを掻(か)き分けつつ本書を読み通せば、イデオロギーや被害妄想に縛られない人間の知性を信頼し、社会の具体的な改善の実践に誰よりも期待している著者の姿が見えてくるだろう。
    ◇
 Cass R. Sunstein 54年生まれ。米ハーバード大学教授。憲法、行動経済学。『最悪のシナリオ』など。

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