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大獄―西郷青嵐賦/天翔ける [著]葉室麟

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2018年01月14日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■このバランス感覚が今必要だ

 昨年の12月23日、歴史小説作家の葉室麟氏が急逝された。享年66。まだ早すぎる死が惜しまれてならない。
 今年は、明治維新から150年の節目にあたる。それを踏まえて連載を続けていた著者は、亡くなる前後に、幕末維新とは何かを問う作品を立て続けに刊行した。今回の2作を併せて読むと、著者の思想と歴史観がより深く理解できるのである。
 『大獄 西郷青嵐賦』は、西洋の最新技術を取り入れた富国強兵を進める薩摩藩の島津斉彬(なりあきら)に見出(みいだ)された西郷吉之助(後の隆盛)が、歴史の表舞台に躍り出た若き日を描いている。
 斉彬の命令で、次期将軍に徳川慶喜を擁立する工作を行っていた西郷は、出世のため徳川慶福(よしとみ)を推す井伊直弼(なおすけ)や腹心の長野主膳(しゅぜん)と凄(すさ)まじい暗闘を繰り広げる。次第に薩摩は劣勢となり、西郷は同志の月照(げっしょう)と入水するも生き残ってしまう。奄美大島に流された西郷は、力で弱い国を虐げる異国は不義の国であり、日本は道義の国にしなければならないと考えるようになる。
 だが明治政府は、国内では適者生存の原理を推し進めて格差を広げ、海外では武力でアジアを植民地にするなど、西郷の想(おも)いとはほど遠い国を作る。もう一つの明治維新の可能性を暗示する本書は、このまま古い制度を続けるのか、西郷の理想に立ち返って新たな道を選ぶかを問い掛けているのである。
 『大獄』は長大な西郷伝の一作目だっただけに、著者の死で西郷の理念に迫る続編が読めなくなったのが残念でならない。
 『天翔ける』は、『大獄』の主要人物だった斉彬に、海防や殖産興業を学んだ福井藩主の松平春嶽(しゅんがく)を主人公にしている。
 春嶽は、ペリー来航、幕府の弱体化などで激動する幕末に、斉彬や山内容堂らと協力し、新たな体制を構築しようとする。
 春嶽らが目指したのは、西洋から進んだ技術を取り入れながらも、日本伝統の道徳も守る国である。春嶽の相談役だった横井小楠(しょうなん)は、政治家が倫理に基づいて民のために働く民主主義と、心法(倫理)に根ざして行う経済活動が、新体制の根本だと説明している。春嶽の高い理想が、私利私欲に走った公家や武士によって潰(つい)えていく終盤は、せつなく感じられるだろう。
 春嶽は、開国派と攘夷(じょうい)派の抗争が激化する時代に、二者択一ではなく、どの派も納得できる第三の道を模索し、内戦を回避するソフトランディングで挙国一致の体制を作ろうとした。
 敵と味方を明確に区別する風潮が広まっている現代に、著者が真逆の発想を持つ春嶽を描いたのは、今、必要なのは春嶽のバランス感覚であると示すためだったように思えてならない。
    ◇
 はむろ・りん 51年生まれ。作家。地方紙記者などを経て05年『乾山晩愁』でデビュー。12年『蜩(ひぐらし)ノ記』で直木賞。16年『鬼神の如(ごと)く 黒田叛臣(はんしん)伝』で司馬遼太郎賞。

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