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「おらおらでひとりいぐも」書評 生き方を模索した現代の民話

評者: 佐伯一麦 / 朝⽇新聞掲載:2018年01月14日
おらおらでひとりいぐも 著者:若竹 千佐子 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説・文学

ISBN: 9784309026374
発売⽇: 2017/11/17
サイズ: 20cm/164p

おらおらでひとりいぐも [著]若竹千佐子

 おもしぇがっだな。読み終わったとき、脳内で呟(つぶや)く声があった。都市近郊の新興住宅に住む74歳の主人公の桃子さんは、子供を育て上げ、夫は15年前にあっけなく亡くなり、長く飼っていた犬にも死なれて、完全に独り暮らしとなった。そんな折、桃子さんの脳内に、東北弁で喋(しゃべ)る多数の内なる声がジャズのセッションのように湧き上がってくる。〈おらだば、おめだ。おめだば、おらだ〉
 その、「柔毛突起ども」と絶妙に形容される一人称(ときに二人称的な突っ込みも入る)での饒舌(じょうぜつ)な声と、桃子さんの標準語による三人称とが入り交じる語り口がよく練られており、自分というものには、親や先祖を含む歴史や他者がインプットされていることを自(おの)ずと知らせてくれる。
 〈おらは人生上の大波をかっ食らったあどの人なのよ。二波三波の波など少しもおっかなぐねんだ〉という声があり、あからさまに触れられてはいないものの、夫の死に加えて、故郷の東北を襲った震災も暗示されていると思われる。言葉は存在の家である、と考えた哲学者がいた。大震災によって土台から崩壊した存在の家としての言葉を、地割れして露呈した地層の最古層としての東北弁を踏まえることで再建した、と評者には感じ取れた。
 悲しみの底にあっても、人にはエゴイズムがある。そこを見据えた主人公に、題名に取られた宮沢賢治の「永訣(えいけつ)の朝」の一節が曙光(しょこう)のようにさす。本作は、個別から抜け出した相を描いた現代の民話という趣があり、主人公が出窓に映った自分の姿を見て〈山姥(やまんば)がいるじょ。ここにいる〉と陽気に独りごつところにもそれは見て取れる。比較文学者の水田宗子氏によれば、山姥のイメージは、〈小説の主人公に形象化し、現代の女性の内面表現と、新たな生き方を模索した〉作品に見出される。その意味で、大庭みな子や津島佑子につながる作家がここに登場したといえるだろう。
    ◇
 わかたけ・ちさこ 54年岩手県生まれ。主婦。55歳で小説講座に通い始め、史上最年長の63歳で文芸賞を受賞。

 ※この作品は第158回芥川賞に決まりました。