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バテレンの世紀 [著]渡辺京二

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2018年01月21日

[ジャンル]歴史

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■現代史の謎にも貴重な示唆

 『昭和天皇実録』第十によれば、昭和天皇は1946年7月から8月にかけて、宮内省御用掛の木下道雄を出張させ、「九州におけるカトリック教派の状況」を視察させた。この記述は謎に満ちている。なぜ敗戦直後の時期に、天皇は九州のカトリックの動向に注意を払っていたのだろうか。
 それを探るためには、16世紀から17世紀にかけての、バテレンと呼ばれたイエズス会をはじめとするカトリック教派の日本への布教から殉教に至る歴史について知る必要がある。本書はそのための格好の手引書といってよく、平易な文章のなかに、熊本在住の在野の歴史家である渡辺京二ならではの洞察を、いくつも発見できる。
 バテレンが布教の拠点としたのは、最初に上陸した九州である。イエズス会は、世界の全面的なキリスト教化を目的とし、国王すなわち天皇を入信させようと京都に行くが、天皇に会うことすらできなかった。バテレンを庇護(ひご)した織田信長ですら、「予が天皇であり内裏である」として会わせなかった。それどころか豊臣秀吉の時代になるとバテレン追放令が出され、徳川家康も踏襲するなど、禁圧がしだいに強まっていった。
 著者によれば、それはこの国の支配者が、いち早くカトリック信仰のもつ危険性を看取したからにほかならない。現実の武力侵略ではなく、キリスト教による文化的侵略を恐れていたというのだ。ここには、19世紀前半に会沢正志斎ら水戸学者が異国船の来航に触発され、キリスト教による侵略に対抗して「国体」を唱えたのと同様の思考が先取りされている。
 それでも九州では、島原・天草一揆に見られるように、キリシタンの反乱が起こった。著者はそこに、「現世のことは権力者に任せても、こと信仰に関われば絶対に譲らぬ信念」を見いだし、「この二分法はそれなりの思想的達成と言うべき」と評価している。自らも九州に長く暮らしてきた著者は、日本の精神風土にキリスト教は根付かないという俗説に対して、静かに異を唱えているのだ。
 そうだとすれば、皇太子時代にバチカンを訪れてローマ法王に会い、敗戦直後に「こういう戦争になったのは、宗教心が足りなかったからだ」と述べた昭和天皇が、九州のカトリックの動向に関心をもった理由も見えてくる。神道に対する反省の念をもっていた天皇は、そこにしか宗教として学ぶべきものはないと考えたのではないか。本書は単に、近世におけるキリスト教との出会いを知るうえで有益なだけではない。現代史の謎を解くうえでも、貴重な示唆を与えてくれるのである。
    ◇
 わたなべ・きょうじ 30年生まれ。日本近代史家。著書に『北一輝』(毎日出版文化賞)、『逝きし世の面影』(和辻哲郎文化賞)、『黒船前夜』(大佛次郎賞)、『無名の人生』など。

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