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いのち [著]瀬戸内寂聴

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2018年01月28日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■けばけばしい業の美意識よ!

 「元気という病気」を自認していた著者がたて続けに大病に見舞われ、度重なる入院生活から無事帰還したその日から本書『いのち』が始まる。
 自我(文学)と悟性(宗教)の境界を分ける二河白道(にがびゃくどう)を軽業師のように駆け抜ける小説家が病魔に襲われ、「死にたい!」と慟哭(どうこく)。心配無用! 白道の先に待つ阿弥陀如来の加護を受けた著者は、ついに最後の(?)小説を上梓(じょうし)した。
 導入部の秘書まなほ(本書ではモナ)との抱腹絶倒かけ合い漫才に多くのファンは楽天的な著者の「元気という病気」の回復劇を祝したのも束(つか)の間、期待は見事に裏切られてしまう。
 三人三様の女性作家の俗界の魔境の深奥で男と女の愛憎の沸騰する河底を渦巻く濁流の情念の土石流に、あゝなんとけばけばしい業の美意識よ、とかなんとか意味不明の言葉しか浮かばないもどかしさにただただ嘆息するしかない。
 それにしても文学の誕生の背景には性と死の幻想が折り重なって寸善尺魔のこの人間関係を、これでもか、と暴き出しながら破滅的欲望丸出しで生き返るそのしたたかさが女性文学なのかなあ、とまあじっくり味わっていただきたい。
 本書の末尾に著者は「あの世から生(うま)れ変(かわ)っても、私はまた小説家でありたい。それも女の」と結ぶ。彼女の人生は今生で大団円を迎え、終止符が打たれるものとばかり思っていたら、とんでもない、この続きは来世へ持ち越されることが予告されているのだ。
 したいこと、書きたいことがまだ吐き出し切れず、業(カルマ)の残り火がチロチロ瞬きながら阿頼耶識(あらやしき)で着々と来世への再生の準備が進められているのだろうか。カルマによる義務の遂行のためには未完の人生を仕上げる必要があり、この世に再び戻ってくるしかない。因縁深い2人の女性作家(河野多惠子と大庭みな子)と一緒にお手々つないで『いのち』の恐ろしい祭りの続きが始まりそう。
    ◇
 せとうち・じゃくちょう 22年生まれ。作家。『花に問え』『生きてこそ』など著書多数。2017年度朝日賞受賞。

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