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「幼なじみ萌え―ラブコメ恋愛文化史」書評 これは、オタク新時代の名著だ

評者: サンキュータツオ / 朝⽇新聞掲載:2018年01月28日

幼なじみ萌え―ラブコメ恋愛文化史 [著]玉井建也

「幼なじみは死なないわ。私が守るもの」とでも言ってくれるのかと思いきや、実は著者は幼なじみの魅力がわからないというスタンスで、幼なじみという存在を軸に近代の小説から現代のライトノベル、スマホゲームまでのラブコメディーを語る。語る、といったのは学者である著者があえて「私」という一人称を選択し、人間性むき出しの実感を伴って書いているからだ。軽妙で読みやすい。ただ、日本史学者として、縦軸でメディアを問わず作品を整理していく手法は霧が晴れていくような爽快感があるので学術的エッセーとでもいうべきか。
 正直言って、日常的にマンガやアニメに親しんでいる身としては、現代思想などの文脈で論じたり、世代によって大上段に語られるオタク本には辟易(へきえき)していた。漱石の『こころ』の先生の行動についてだれもが自然に語るように、もっと自然に二次元作品を語り、一般化せず個人的体験として語ってほしい。現代の個人にこそ普遍性があるのに。そこに「お助け女神事務所」から本書が届いた感じ。
 なぜ幼なじみと主人公の関係性が変わらず恋愛に発展しにくい時代があったのか、などといった具体的な疑問の数々が提示され、それらがやがてラブコメ全体の解明へと向かっていく。そして思考は、現実とファンタジーの境目とはなにか、小説とゲームはなにが違うのか、東京と地方の違いはなにか、など実はハッキリしていたようでありながら曖昧(あいまい)になりつつある現代の問題にも及ぶ。非常に読者対象の射程が広い。
 同人誌やPCゲームなど、立派な本では俎上(そじょう)に載らないようなメディアもしっかりカバー。賢い頭の無駄遣い(褒め言葉)というべき分析に、この著者は私なの?とシンクロ率400%を超えそうな瞬間も。論文の紹介、書籍、マンガやアニメの名言の引用も豊富で楽しい。これはオタク新時代の名著だ。君は、読み終えることができるか。
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 たまい・たつや 79年生まれ。東北芸術工科大芸術学部文芸学科専任講師(歴史学・エンターテイメント文化研究)。