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インパール作戦従軍記―葦平「従軍手帖」全文翻刻 [著]火野葦平

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2018年01月28日

[ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■実相に極限まで迫る作家の執念

 小津安二郎の映画「麦秋」を初めて見たとき、なぜ「麦」なのか考えなかった。内容は小津映画の典型で、婚期を逃した長女(原節子)を抱える家の顛末(てんまつ)が淡々と描かれる。だが、これは戦争から復員してこない兄の話だ。その兄の愛読書が火野葦平の戦中の大ベストセラー小説「麦と兵隊」だった。
 出世作「糞尿譚(ふんにょうたん)」に芥川賞を授けるため、批評の神様、小林秀雄はわざわざ中国に従軍中の火野を訪ねた。だが戦後一転、火野はいわば戦犯作家として発表の場を失う。画家でいうと藤田嗣治が浮かぶ。藤田はパリに出たが火野は結局、みずから命を絶つ。
 本書は、その火野が太平洋戦争でインパール作戦に報道班員として従軍した際、小さな手帖に豆粒のような字でびっしり書き込んだ日記、メモを全文、翻刻したものだ。随所に色鉛筆や淡彩で素描も添えられ、表現の幅にも目をみはる。
 この手帖を火野は「弾はびゆんびゆん来てゐる」なかでも「全く動ぜず」書き続けた。当時の戦況を知る貴重な文献というだけでなく、ひとりの作家が戦争の実相に極限まで迫ろうとした執念の記録でもある。
 この火野と行程をともにしたのが画家、向井潤吉だ。日記では随所に「画伯」の文字が見られ、向井への思いやりが滲(にじ)む。本書の副産物としてインパール作戦時に描かれた向井の素描も特定された。向井もまた「日印軍インパール入城の記録画を描きに」戦地に派遣されていたのだ。向井は火野の訃報(ふほう)を聞くと「火野さんが死んだ」と叫んで絶句、一週間、ひとことも口をきかなかったという。
 火野の不在で見失われているものはあまりに多い。向井が終生描いた変哲のない民家(その屋根は「葦〈あし〉」を含む茅葺〈かやぶき〉だ)の絵に込めたものはなんだったのか、やはり中国戦線に出た小津のマンネリにも見えた家族映画の根にはなにがあるのか。本書を機に火野文学の再読が求められる。
    ◇
 ひの・あしへい 1906〜60。作家。本書は増田周子・関西大教授の解題と渡辺考・NHKディレクターの解説付き。

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