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道の向こうの道 [著]森内俊雄

[評者]蜂飼耳(詩人・作家)

[掲載]2018年02月25日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■読書で生まれる時空越えた共鳴

 1950年代後半に著者が過ごした大学生の時期を、自伝的に綴(つづ)ったこの連作小説集は、読書の時間に満ちている。かつての学生は、こんなふうに本を読んだのだ。ここに書かれていることは、いずれも唯一の経験であるはずなのに、ある種の典型でもあるかのように見えてくる。そんな場面がいくつもある。
 クラスのある女子学生がフランスの大河小説を読んだとなれば「大急ぎで追っかけ読書をするものがいた」。長い作品なら簡単には読了できない。「そこをあえて、乗り越えるのである」。学生同士の対話も、たとえば「いま、何を読んでる?」「島崎藤村『夜明け前』を半分くらいのところ。学生運動をしているような人たちは、読むべきだよ、幕末、明治初期についての勉強がしたい」といった感じだ。読書そのものはいつも、一人の行為だ。けれど、身近なところで共鳴が生じる歓(よろこ)びには、愉(たの)しさ以上の切実さがある。
 実家は大阪。東京との往復には夜行列車を使う。夜行のベッドでも読書。その時間にも発見があり、友人に語りたくてたまらない。「夜行列車の読書の感想を話したいばかりに、雑司ケ谷墓地そばの田中一生の下宿を訪ねた」。こうした光景に懐かしさを感じるか、むしろ新鮮さを感じるかは読者しだいだ。恋愛や喧嘩(けんか)があり、定食屋、音楽喫茶、酒があり、確かにある時代の学生風俗が切り取られているのだが、固有名詞を伴う具体的な記述が多いわりには、後へ残る味は意外なほど軽やかだ。
 投稿雑誌に詩が選ばれて載ったこと、伊東静雄の詩集をとても大切にしていたことなど、詩への思いも描かれる。古書店で買った本に、以前の持ち主によるものか、鉛筆で傍線が引かれている。「わたしは、それに負けまいとして頑張った」。だれかが、どこかで本を読んでいる。その痕跡や、時間と空間を越えて生まれる共鳴の尊さが、じつに爽やかに伝わってくる。
    ◇
 もりうち・としお 36年生まれ。作家。『氷河が来るまでに』で読売文学賞。詩集に『空にはメトロノーム』。

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