書評・最新書評

スーパーインテリジェンス―超絶AIと人類の命運 [著]ニック・ボストロム

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2018年02月25日

[ジャンル]IT・コンピューター

表紙画像

■全編覆い尽くす論理的知能偏重

 最初から最後まで「?」と「!」の連続。
 制御不能な超絶人工知能(スーパーインテリジェンス)が出現したとき、人類は存続の危機に直面する。それを避けるためにはどうしたら良いのか? この難問を多面的に分析検討し、ビル・ゲイツらに絶賛された話題の書だ。
 そんな超絶知能が本当に実現するのかとツッコミたくなるが、あくまでも実現したらという仮定の話なのでそれは置いておこう。それにしても、冒頭から強烈な違和感に襲われる。「われわれは、爪の鋭さや筋肉の力強さにおいて他の生物種に劣る」。いや、これは間違いだ。生物学的事実として、ヒトはひ弱な生き物では決してない。
 だが、人間は考える葦(あし)であるという如(ごと)く、か弱き肉体を秀でた頭脳で補い、知恵によって世界中で繁栄しているのが我らなりというイメージは、今も根強い。著者の発想もしかり。
 この〈知能偏重〉、それも〈論理的知能偏重〉が、全編を覆い尽くしている。本書の後半で著者は、規範や価値観を人工知能に実装することは複雑すぎて難しいと述べている。そのとおりだろう。だが、それは知能だって同じではないのか。
 著者にとって知能とは、あくまでも人間が論理的に思考を展開する過程なのである。そこには、知能は身体や環境と不可分であり、動物にも備わっているという発想は、ない。
 もう一点。著者は、超絶人工知能が究極的にひとつになるか、それとも複数が併存するかを検討して、単一になる可能性が高いとしている。どっちでも良いことだと思う。多神教より一神教の方が優れた体系であるという偏見が、議論の向こうに透けて見える。
 このように著者の思考の背景には、ヨーロッパの知の言説にまとわりついている偏見が見え隠れする。これはこれでひとつの見解ではあるけれども、日本や東アジアの知的伝統からは、もっと違った形での議論や貢献ができるように思う。
    ◇
 Nick Bostrom 73年生まれ。英オックスフォード大教授(分析哲学)。同大戦略的人工知能研究センター所長。

関連記事

ページトップへ戻る