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極夜行 [著]角幡唯介

[評者]宮田珠己(エッセイスト)

[掲載]2018年03月04日

[ジャンル]科学・生物 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■昼も夜も暗闇、未知の世界に挑む
 
 北極圏には、何カ月もの間まったく太陽が昇らない一帯がある。探検家角幡唯介がその極夜に挑んだ。
 ときに月が地表を照らすことはあるが、ほぼ毎日真っ暗闇のなか、氷河を越え、ツンドラを抜け、白熊や狼(おおかみ)のうろつく海氷の上を相棒の犬とともにひたすら歩く。GPSもなく、景色も見えないのによく目的地にたどりつけるものだ。事前に運んでおいた食料が白熊にすべて食われていたり、強烈なブリザードに閉じ込められたり、読みながら何度も、ああ、こりゃ著者死んだな、と思った。
 角幡唯介の探検記はいつも極限状態に読者を引きずり込む。読むうちに、自宅の快適なベッドで寝ころんでいるのに、早く家に帰りたいと思うほどだ。それほどに臨場感あふれる筆致で、探検というものの厳しさ、探検家の揺れ動く心理まで鮮やかに蘇(よみがえ)らせる筆力は、見事というしかない。
 なかでも今回の探検は別格だ。そもそも昼も夜もずっと暗闇の世界に4カ月もいたら、気がおかしくなるのではないだろうか。恐怖、不安、沈鬱(ちんうつ)と闘う日々。食料が足りない絶望的な状況に陥った彼は、当初の計画を捨て、麝香牛(じゃこううし)を狩るべくさらなる闇の奥へと踏み込む決断をする。だが月の光に地理感覚を惑わされ、いっそう窮地に。
 一方、そんななかにあっても、極夜は荘厳な美しさで探検家を魅了し続けた。地球以外の惑星に降り立ったかのような光景。時間感覚さえ失う異様な状況下で、探検家の思索は、太陽のある世界では想像しえない方向へと深まっていく。
 こんな規格外の探検記は初めて読んだ。地球はもう探検しつくされ、今はもう探検家が活躍できる場所が残っていないと言われる。しかし、人跡未踏の土地は残っていなくても、未知の世界を探検することはできるのだ。
 そうして旅の終わり、探検家は4カ月ぶりに太陽に再会し、世界に色彩が溢(あふ)れる。ぐっときた。
    ◇
 かくはた・ゆうすけ 76年生まれ。ノンフィクション作家、探検家。『空白の五マイル』『アグルーカの行方』。

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