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九十八歳になった私 [著]橋本治/ ヲトメノイノリ [著]石田千

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

[掲載]2018年03月11日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■小説は「青春」から「玄冬」に

 いえね、芥川賞を受賞した若竹千佐子センセの『おらおらでひとりいぐも』がベストセラーだっていうじゃないですか。74歳の女性のお話ですわね。あたしゃ知ってますよ。野間文芸賞と大佛次郎賞に輝いた高村薫センセの『土の記』が、72歳の男性のお話だってこともね。
 そしたらあなた、橋本治センセの新作がまた『九十八歳になった私』で。橋本センセっていやあ『桃尻娘』でしょ。女子高生に擬態してたんじゃないんですか? それがいまじゃ98歳。あたしゃ確信しましたよ。これからは青春小説じゃなく玄冬小説の時代なんだって。
 近未来SF私小説とでもいうか、『九十八歳になった私』の語り手は98歳になった元作家の「私」で、舞台は2046年。〈他人に向けてひとりごとを言うのが俺の仕事だから、それがなくなったら惚(ぼ)けちゃう〉という理由で備忘録を書いてるが、これがまー、ほどけまくりで、なかなか話が進まない。
 〈だって、俺もう、九十なんだぜ——あ、違う。九十八だ。こないだ、七から八になったんだと思うけど、八だったのが九になったのかな?〉
 2046年はどうやら東京大震災後で、東京の自宅が倒壊した元作家も栃木県の仮設住宅にいる。が、〈よし。後世の人のために、東京大震災の顛末(てんまつ)を書いておこう〉と決意しても、いざとなると〈何年前だったんだ? よく分かんないな〉
 元作家はべつに耄碌(もうろく)しちゃあいないんです。原発の廃炉も進んでないのにプテラノドンを復活させたバカな科学者にも怒ってる。怒るわよ、そりゃ。
 98歳の次は、よし乙女だと、石田千センセの短編集『ヲトメノイノリ』を手にしたら、この表題作ってえのがまた76歳のおばあさまのお話で。しかもこいつが落語仕立ての人情話。
 ピアノ教室に現れた佃煮(つくだに)屋のおかみの潮子さん。弾きたい曲は〈乙女の祈りって、ございますね。あれなんです〉
 乙女の祈りって、手を広げっぱなしのあれですわよね。
 聞けば戦争中、姉と聞いたオルゴールの曲がそれだった。戦争が終わったらピアノで教えてあげると言った姉は20歳で亡くなった。最後の手紙には〈お姉さまのぶんもがんばってひいてください〉。なので〈あれが弾けないと、どうしても死にきれないんでございます〉
 こうして潮子さんの毎日1小節ずつ、煩悩の数と同じ全108小節の特訓がはじまった。
 あたしゃ思いましたね。人生いくつになっても挑戦だとか、そんな話じゃないんですよ。挑戦しようがしまいが勝手なの。玄冬小説はとっても自由。だから笑いと相性がいいんです。
    ◇
 はしもと・おさむ 48年生まれ。作家。著書に『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』『双調 平家物語』など。▽いしだ・せん 68年生まれ。作家。著書に『きなりの雲』『箸もてば』など。

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