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老いぼれ記者魂―青山学院春木教授事件四十五年目の結末 [著]早瀬圭一

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2018年03月11日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■電話番号突きとめついに直接…

 人生の終わりが近づきつつある。最後に何をなすべきか——。こう自問した早瀬圭一の前に、改めて毎日新聞の記者だった時代に取材した一つの事件が浮かび上がる。いまやすっかり忘却されたその事件は、1973年2月に青山学院大学の構内で起こった。法学部教授の春木猛が、教え子の女子学生を3度にわたって暴行した容疑で逮捕され、78年に懲役3年の実刑が確定したのである。
 しかしこの事件には、発生直後から不自然な点がいくつもあった。未公開資料を入手した著者は、事件の背後に「地上げの帝王」と呼ばれることになる早坂太吉と、春木に敵対する法学部教授による謀議があったことを確信する。早坂は女子学生を使って春木を「誘惑」させ、金をせしめようとしたが、女子学生は海外留学という目的を果たすため、国際部の部長となることがほぼ決まっていた春木に積極的に接近し、事件が起こったと言うのだ。
 著者は、こうした説をただ唱えるだけではまだ満足しない。都内の「名簿屋」を訪ねて元女子学生の出身校の名簿を入手し、ついに電話番号を突きとめ、事件から44年後、直接対話することに成功する。「そろそろ死んでもおかしくない歳(とし)です。その晩節に、私なりに春木事件の決着をつけたいのです」と迫る著者に対して、元女子学生は「それがあなたの記者魂ですか」と切り返す。結局、彼女は事件についていっさい語らなかったが、「記者魂」という言葉に著者は一瞬、不意をつかれる。
 春木がすでに死去している以上、事件の真相はいまやこの元女子学生だけが知っているはずだ。彼女の口から真相が語られることはもはやあるまい。それでも取材を重ね、資料を駆使して書かずにはいられない事件へのこだわりが、本書にはみなぎっている。事実をきちんと後世に伝える一記者として人生を全うしようとする著者の誠実さが、読者の胸に深く響く。
    ◇
 はやせ・けいいち 37年生まれ。毎日新聞社客員編集委員。『長い命のために』で大宅壮一ノンフィクション賞。

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