書評・最新書評

津波の霊たち―3・11 死と生の物語 [著]リチャード・ロイド・パリー

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2018年03月11日

[ジャンル]社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■指が止まる現代の「死者の書」

 千聖(ちさと)ちゃんが夜中に突然「学校がなくなった!」「大きな地震が来る」と泣きわめいた。あの3月11日の震災前のある夜のことだった。地震が起きるその朝、千聖ちゃんは不機嫌なまま元気がないまま登校した。友人たちは彼女のことを「監視カメラ」と呼んだ。他の11歳の子供たちが察知できないことを予知するからだ。
 そして午後2時46分に揺れが始まった。その頃大川小学校では何が起こっていたのか。児童は地震後、校庭で50分待機させられた。
 「おれたち、ここにいたら死ぬべや!」
 児童の悲愴(ひそう)な言葉に耳をかさなかった先生。そんな謎を残したまま74人は津波にのみ込まれてしまった。
 その晩、とうとう千聖ちゃんは戻らなかった。身を切るような極寒の夜、圧倒的な静寂、天空の無数の星、かつてこの地区の誰もが見たことのない驚異の夜空。灯(あか)りひとつない漆黒の地上。〈雪が降りはじめた〉。
 翌朝、〈原子爆弾が落とされたみたい〉。車、トラック、船、死体が高い建物の上へと持ち上げられていた。ダンテの地獄の挿絵のように瓦礫(がれき)の下から突き出た子どもたちの脚と腕。眼(め)から絶えず血の涙を流す泥に埋まった児童。五感を閉じたくなる惨状の報告に頁(ページ)をめくる指が止まる。
 そんな中で「死ぬのはどんな気持ちなのか」。荒れ狂う津波にのみ込まれながら奇跡的に助かった公務員の今野さんが死を目前にして発した言葉は「もう終わりだ、ごめん」だった。過去の記憶が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。このまま死んでしまった多くの魂はその後、沢山(たくさん)の人々に霊となって目撃されている。さらに被災者の支援を続ける仏教僧の金田住職の元には、生に未練と執着を残したまま死んだ霊たちが魂の救済を求めてあとを絶たない。現地を何度も訪れて本書を書いた英国のジャーナリストの驚異の報告書は正に現代の「死者の書」として永久に日本人の心の中に留(とど)められるだろう。
    ◇
 Richard Lloyd Parry 69年生まれ。英「ザ・タイムズ」紙アジア編集長・東京支局長。著書に『黒い迷宮』。

関連記事

ページトップへ戻る