シンプルながら存在感のある文字遣い。装幀(そうてい)を手がけた本には手元に置いておきたくなるたたずまいがある。もっとも本人は、「なるべく個性は消したい」という。「本は一人のものじゃないからね」
化石をあしらった『新校本宮澤賢治全集』、インカ征服の画を使った『銃・病原菌・鉄』、ベージュを基調とした「ちくま新書」……。手がけた本は3千を超える。初の装幀集には、仕事場の至る所に積まれた本の山から約300を収めた。
大学は文学部。「デザインの勉強はしていないし、美術部だったことすらない」。ただ、アングラ演劇に熱中した学生時代から、イラストは描いていた。先輩の手伝いで20代の終わりに装幀を始め、30年以上。「体質に合ってたんだな」
基本的な仕事道具は、のりと定規とカッター。手作業を貫いてきた。「コンピューターが使えない」と言うが、もちろんそれだけではない。「画面ですぐ確認できるのは便利だけど、本は立体でしょ」。開いたら、閉じたら、どう見えるか。手に取ったときは? だから、「原寸主義」にこだわる。
装幀は「そぎ落とす作業」だという。内容を体現する手腕に、編集者や著者の信頼は厚い。「難しい人文書は読んでもわかんない。アガンベンなんて言われてもさ」。うそぶいた後に続けた。「説明的になっちゃいけない。つかず離れずの距離感なんだろうね」。美しさに定評のある明朝体も、文字そのものは基本的にいじらない。「積み重ねの中で定まってきたもの」だから、置き方で見せる。
律義さと「ちょっといいかげんでないとつまんない」というちゃめっ気と。本書収録のエッセーで堀江敏幸氏は評した。「仕あがりはじつに端正だが、その端正さを引き出しているのは、よき無頓着さなのである」
句集と画集もある多才の人。装幀や著者にまつわるエッセーも収め、自作の句も載せた。「俳句のついた装幀集なんてないでしょ」とニヤリ。洗練された表紙をめくると様々な要素があふれ出す。でも、もう一度閉じると確かにこの本の装幀なのだ。それが、そぎ落としても残る「体質」なのかもしれない。(文・滝沢文那 写真・岸本絢)=朝日新聞2018年11月24日掲載
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