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生きるために、変化を恐れない。迷いが消えた福岡伸一「生物と無生物のあいだ」 中江有里の「開け!野球の扉」 #13

(Photo by Ari Hatsuzawa)

 ペナントレースが始まって半月ほどが過ぎた現在、私は「かみ合う」ことについて考えている。
 獣が食いつき合って戦うことじゃない。
 上下の歯やふたつの歯車がぴったりあわさる、こっちの方だ。

 どうも阪神タイガースは投打がかみ合っていないのではないか?
 去年とほぼ同じ布陣の阪神。投手陣は踏ん張っているが、打線は低調。4月第2週は1試合平均で1.5点しか取れていない。
 (不思議とホームラン数はセ・リーグで突出している)
 つい去年の今頃の状態と比べてしまい、阪神が負けると落ち込んでしまう。

 遅い桜が散った4月中旬。「かみ合わない」ことに悶々としながら、対戦カードが一巡する首位中日戦を迎えた。
 第1戦、終盤に2点差を追いついたがあと1点が遠く2-2で引き分け。第2戦、序盤に2点を先制したが6回に4点取られて2-5で逆転負け。貧打にあえぐ今シーズンを象徴するような戦いが敵地・名古屋で続く。
 旗色が悪かった第3戦のスタメンが発表された。
 1番が木浪! 2番に梅野、3番近本! 4番大山じゃなく佐藤、8番は中野!

 阪神は昨年からほぼ不動だったスタメンを解体した!

 このびっくり打線の結果、1-2で阪神は勝った。
 先発の才木投手のピッチングは冴えわたった。思い切った打線の入れ替えも当たり、いつもと違う2番と8番で起用された梅野隆太郎捕手、中野拓夢選手がタイムリーヒットを放った。引き分けを挟んだ連敗は3で止まった。
 久々の勝利を喜びつつ、先のことを思う。
 いくら投手が相手を抑えても、味方が打たなければ勝てない。
 去年と同じ打線では打てないのか。同じでは勝てないのか。

 このまま同じ状態であってほしい。そう願ったことがあった。
 16歳で女優デビューしてから、与えられたのは高校生役がほとんどだった。
 ドラマや映画で学校が出てくると、30人ほど生徒役が必要になる。役柄を「椅子」に例えるなら、生徒役の「椅子」は豊富だからキャスティングされやすい。
 同世代の共演者も多い、もうひとつの学校のような撮影現場。ずっとこんな風に仕事ができたらいいな、と思っていた。

 しかし生徒役は期間限定だ。
 成人すれば、大人の役柄を演じたいという欲も出てくる。
 医師、会社員、教師、バスガイド、弁護士、ジョッキー……いろんな役柄を頂戴したが、残念ながら生徒役のように「椅子」は多くない。
 ひとつの「椅子」を大勢の俳優が奪い合う、シビアな椅子取りゲームだ。

 生徒役に戻れたらいいのに……あの頃よ、もう一度帰ってきて。
 「オファーをください!」心の中で叫んでいた。

 人間の白血球は約3日で入れ替わる、と聞いたことがある。実感もないし、見たこともないけど、そうらしい。

 福岡伸一『生物と無生物のあいだ』によると、半年ぶりに会った人に「お変わりないですね」と挨拶したとしても、分子のレベルでは全く違う人になっているそう。

 今私のスマホに入っている自分の半年前の写真や動画を見直しても、別人とは思えない。半年前の記憶はうっすらあるし、映っているのはたしかに私。
 だけど分子レベルでは違う人――それが分子生物学的事実。

 分子レベルでは自分も他人も常に変わり続けている。それが生きるということでもある。
 分子はコントロールできない。
 生きるとは、ただ生きるだけじゃない。いや、自分のやるべきことを全うするのも「生きる」目的だ。
 ならば変わるのを待つのではなく、自ら率先して変えていこう。それには、いまあるものをあえて壊し、あらたに作っていくことが必須。

 変われる勇気があれば、人は生きていけるはず。

 優勝を導いたあの不動の打線を変えられたのだ。
 これからもとに戻るのも、さらにシャッフルするのも、すべては変化だ。

 何のための変化かといえば、やるべきことに向かっていくため。怖がっている場合じゃない。
 行く先は言わずもがな。先を見つめてgoes on!