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「『演劇の街』をつくった男 本多一夫と下北沢」書評 〝場〟から語るナマモノの歴史

評者: サンキュータツオ / 朝⽇新聞掲載:2018年12月01日
「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢 著者:本多 一夫 出版社:ぴあ ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784835638492
発売⽇:
サイズ: 20cm/270p

「演劇の街」をつくった男 本多一夫と下北沢 [語り]本多一夫、[著]徳永京子

 東京、下北沢にある本多劇場、ザ・スズナリ、駅前劇場、OFF・OFFシアター……演劇に詳しくない人でも名前だけは耳にしたことがあるだろう。これらの劇場は、本多一夫氏の情熱によって生まれ、その志を共有した劇場スタッフと観客によって育ち、下北沢を「演劇の街」にしていった。
 北海道は札幌の下駄屋に生まれた本多の一生を決めたのは、札幌での芝居の師匠のこぼした「どんなに小さくてもいいから、自分たちのつくった芝居を自由に上演できる板(舞台)がほしい」という言葉だった。新東宝のニューフェイスに合格しながら、映画斜陽の時代に巻き込まれ、下北沢を中心とした飲食業で実業家として成功してのち、ついに本多は駅前の一等地を買い取る。ここで本多は、あの頃舞台に立ちたくて立てなかった自分のような人たちが、自由に活動をできる板を作る。しかも、演劇人が納得する空間を作れるまで、ひたすら土地の広さや舞台の高さ、奥行きにもこだわった。
 存命の人物本人による聞き書きは、都合よく美化された歴史観に陥りがちだが、この本はそんなことがない。劇場を使い続けた柄本明、加藤健一から若手の賀来賢人といった演劇人、そして劇場のメンテナンスに奔走する実子の本多愼一郎氏までの聞き取りも行い、劇場同様高さと奥行きのある構成となっている。役者が劇場をどう見ているかという視点も刺激的だ。なにより著者の徳永氏や本多氏自身が、トライ&エラーの半生記を紡ぎながらその実、ナマモノゆえにアーカイブ化されてこなかった演劇史を、劇場という場から時間軸で切り取り語り継ぐことに注力している姿勢が心地よい。
 「(劇場が密集する下北沢は)目的よりも好奇心を多く持った人を集める〝文化特区〟と言える」。本多を契機として、そこに集う人々が時代を経ても絶えないことに、かすかな希望を感じずにはいられない。
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 ほんだ・かずお 1934年生まれ。本多劇場グループ代表
 とくなが・きょうこ 演劇ジャーナリスト。