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平成の「負」あぶり出す 社会派ミステリーの旗手・葉真中顕さん

葉真中顕さん=横関一浩撮影

 『凍てつく太陽』は、戦中戦後の北海道を舞台に、アイヌ民族の母を持つ特高警察の刑事を主人公にすえた。朝鮮人徴用工やアイヌ民族への差別を題材に、「いかに現代性を帯びさせるかを意識した」。現在のヘイトクライムや外国人労働者に通底する問題を描きつつ、娯楽性もたっぷり。日本推理作家協会賞の選考会では、「現代に通じる問題を内包している」と絶賛された。「賞を取るために書いているわけではないけれど、評価軸が見えづらいなかで、業界内でもある程度仕事が認められたという目安になる。ありがたいし、自信になる」と話す。

 当初、主人公の視点から進むはずだった物語は、同僚刑事の視点を交え、深みを増した。「どうしても様々な視点から語りたくなるのを自覚した」と言う。
 元々は少年漫画のシナリオや学習誌の記事を書くライター。「はまなかあき」の名義で児童向け小説も書いてきた。介護現場の厳しさを描いた『ロスト・ケア』で2012年の日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。以降も『絶叫』、『コクーン』が吉川英治文学新人賞候補に残るなど、社会派ミステリーの旗手として勢いに乗る。

「Blue」援助交際・技能実習生・・・多様なモチーフ

 新刊『Blue』では、平成元年に生まれた無戸籍の男「ブルー」の生涯と、平成15年、東京都青梅市で起きた架空の殺人事件との関わりを通して平成という時代をとらえた。

 「平成を振り返った時に、もしかしたら目を背けたいかもしれない部分をなるべく取り込んだ。ひとによっては露悪的に感じるかも」。デートクラブ、ITバブル崩壊、東日本大震災といった負の側面が多く盛り込まれた。1976年生まれで、就職氷河期に苦しんだ世代。当事者でもあるロスジェネ問題は、たびたび作品の題材にもなっている。「ある種の恨みつらみは、書きがちなモチーフ」と話す。

 ブルーの生涯は、本人の視点から語られず、事件を追う刑事や援助交際で生計を立てる少女、外国人技能実習生らの、その時々に感じたことで描かれる。プロローグでは「万人に共通の真実などおそらくこの世に存在しない。しかし、誰かの主観世界における真実は無限に存在するだろう」と語られる。「(平成を象徴する)固有名詞やモチーフから、読者に自分なりの物語や思い出を想起させて、補完して完成する小説をつくりたかった」

 70年前を題材に現在に通じる問題を描いた『凍てつく太陽』、独自の視点で平成を記録した『Blue』。共通するのは、多様な視点で描かれる「現代性」だ。

 「なぜいま書くのか、自分なりの答えを持ちたい。過去を描くにしても、現代を意識させるという意味では、私は現代小説の作家。手を替え品を替え、ずっと同じことを書いているのかもしれない」

幻冬舎騒動「差別を喜ぶ空気」

 日本推理作家協会賞の贈呈式が27日に都内であり、葉真中顕さんがスピーチで受賞作の版元である幻冬舎をめぐる騒動に言及した。
 同社の見城徹社長がある作家の実売部数をツイッター上で公表(後に削除)したことに対し、「非常に問題があるという点は同じ思いの方が多いと思う」と語った。このツイートをめぐっては、すぐさま作家らから批判が上がり、葉真中さんもその一人だった。
 ただスピーチで強調したのは、「実売を公表することの何が悪いんだ」とばかりにツイートを擁護する声も目立ったことだ。「露悪的に暴露し、誰かを馬鹿にする、差別することを喜ぶ風潮や空気は間違いなく存在している」と指摘した。
 LGBTをめぐる企画が問題となった月刊誌「新潮45」(その後休刊)や、ヘイト本と言われる差別的な出版物を引き合いに出し、「こういう風潮を受け入れたくはないし、受け入れるつもりもない」と述べた。
 その上で、小説家の役割として、「もっと良質な娯楽を提供することではないか。本を開けば、差別するより楽しく深く心に刺さる世界がある、あるいは現実よりも魅力的な悪や不謹慎があることを示すことではないか」と語った。
 協会の代表理事、京極夏彦さんはこのスピーチに同意し、「こうした風潮を打開するのは優れた創作。我々は優れたコンテンツを生み出し、世に広めなければいけない」と応じた。(興野優平)=朝日新聞2019年5月29日掲載