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舞台「チック」柄本時生さんインタビュー 思春期の息苦しさを抱えた少年二人が繰り広げるひと夏の冒険

文:谷口絵美、写真:有村蓮

――舞台「チック」は2年ぶりの再演ですね。改めて役に向き合ってみて、いかがですか。

 変な感じです。慣れないというか……。僕、自分の企画以外で再演の舞台に出演するのが初めてなんですよ。一回、終わった役をもう一度自分の中で掘り起こすという作業をしたことがないんですよね。新たな気持ちで一から台本と向き合うというのが難しくて。「ああ、こんなふうに言っていたっけなあ」って思い出しながらやってしまいますね、どうしても。

――舞台は原作同様、マイクの語りで物語が進みます。家ではアルコール依存症の母と家庭を顧みない父との言い争いが絶えず、学校ではあだ名も付けられないくらい存在感がないマイク。鬱々とした日常を送っている彼の心情が詳しく吐露されるのに対し、チックは言葉数も多くなく、何を考えているかよく分からない人物です。ロシア移民で、周りから「風変りな問題児」と見られていることは描かれますが、柄本さんはチックをどんな人物だととらえていますか?

 うーん、何だろう……。2年前に初めて台本を読んで何となく思ったのは、チックよりマイクのほうが周囲からの「インプット」が多いんじゃないかなっていうことですね。この物語はどちらかというと、マイクが「こういう出来事があって、こういう人たちを見て、僕はこう思った」って振り返っていく話。それに対しチックという人は、物事に対して諦めてしまうのが早い人かなと思いました。「もう分かっているよ」というか。

「チック」初演時舞台写真(2017年) 撮影:細野晋司
「チック」初演時舞台写真(2017年) 撮影:細野晋司

――物語の前半で、転校生のチックが担任の先生に「みんなに自己紹介しなさい」と促されたのに、「いいえ」と拒絶する場面が印象的ですが、そういう態度も諦めから来るものでしょうか?

 そうなのかなあ、とは思うかな。まあ、セリフを言っている時に、そこにいつも諦めがあるなんていうことは考えていないですけど。ただ、チックは最後のほうであることをカミングアウトするんですが、その時に「ああ、チックは諦めていたんだ」っていうことが付いて回ればいいかな、とは思っています。

――夏休みに入るとチックは無断で借りてきたおんぼろの車と共に突然マイクの家に現れ、二人はどこにあるかもよく分からない遠くの「ワラキア」を目指して旅に出ます。思春期特有のモヤモヤを抱えながら無謀な行動に出てしまう心境、柄本さんにも心当たりはありますか?

 どうかなあ……。僕は学校ではどちらかというといじめられているほうだったので、中1の後半くらいからは、朝家を出て、マンガ喫茶で時間をつぶしていました。「ここまでに登校すれば親に連絡が行かない」っていう時間があって、そこは過ぎないように学校に行っていたので、当時は親にバレていませんでした。

 自分の10代の頃の感覚を役に重ねることはたぶんないです。ただ、二人の心情は理解できます。僕の場合、途中から仕事を始めて学校以外の世界ができたので、学校のことにはあまり興味がなくなったのかも。仕事自体が無謀なことというか、非日常の時間だったんですよね。特に10代の頃は地方での仕事が多かったので。楽しかったし、そこでいろんな体験ができたと思います。

――実年齢よりかなり上の大人が14歳の少年を演じることについてはどう感じていますか。

 やっぱりきついですよ。僕も今年30ですし、チック役の篠山輝信さんは36になるのかな? おっさん二人ですからねえ(笑)。

 でも、お芝居だからこそつける「嘘」ってあると僕はずっと思っています。明らかに「お前、30だろ」っていう奴が14歳を演じているという、具体的な嘘。嘘の世界ってすごいもので、せりふをしゃべっていたら、お客様は勝手に14歳だと思って見てくれるんですよ。それは別に、僕らが14歳だと思いながらやっているわけでもなくて。あとは、年齢を意識せず「物語」だけを見ている人もいる。そこがお芝居の面白さだと思います。

――柄本さんは原作の小説は読まれていないそうですが、あえてそうしているのでしょうか?

 自分が出る作品の原作って一度も読んだことがないんですよ。あえてというか、そもそも原作があることを知らなかったんです。

 俳優の仕事を始めた時に、お芝居の脚本っていうのは、どれも脚本家が書いたオリジナルの話だと勘違いしていて。もちろん、中には原作があるということも後で知りますが、ずっと脚本がオリジナルだと思ってやってきたので、もういいかなと。

 小説はね、一度も読んだことがないです。

――そうなんですか! 今回、「人生を変えた一冊」を挙げていただくようお願いしていたのですが、サミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』ですね。

 僕にとって物語を読むということは、戯曲を読むことなんです。うちのおやじ(俳優の柄本明さん)が役者を始める頃、新宿のゴールデン街の喫茶店で、コーヒーを飲みながらベケット全集を読むのが流行っていたというんですね。そんな話を急に思い出して、10代の頃にまねしたのが始まりです。家には戯曲集がたくさんあったし、戯曲を読むのはカッコよくて女にモテると真剣に思い込んでいました。実際は誰にも話しかけられませんでしたが……。

――『ゴドーを待ちながら』を最初に読んだ時の感想は覚えていますか? 二人の浮浪者がゴドーという人物を待ち続けるという話で、筋書きらしい筋書きもなく、不条理演劇の代名詞とされる作品ですね。

 笑いながら読んだのを覚えています。この人たちは何をしゃべっているんだ?と思って。あとは「面白くない奴らだなあ」とも思ったのかな。その思いは今も変わらないんですけど。

 その後、にーちゃん(俳優の柄本佑さん)と芝居をやることになったんですけど、二人芝居と言えば「ゴドー」だなと、漠然と頭に浮かびました。それでやってみたら、いやあ、難しいというか楽しいというかつらいというかやりたくないというか。とにかく頭の中のいろんなカロリーを消費しました。

――それまでに読んだ他の戯曲とは違うものを感じたということでしょうか。

 そうですね。もちろん他にも面白いものはいっぱいあると思っています。でも「ゴドー」って、でっかいですねえ。背景には「木が1本あるだけ」っていう考え方がもうすごいなと思って。

 理解しきれなくて、たくさんカロリーを消費して、とにかく頭を使って考えなくてはいけなくなる状況が楽しいんだと思います。