8月6日に始まり、14日に終わる物語だ。テーマは戦争ではない。中島信子さんの『八月のひかり』(汐文社)は、現代の貧しい母子家庭の夏休みを描く、異色の児童文学だ。
小学2年生の勇希は水道代を節約し、お風呂の代わりに学校のプールのシャワーで体を洗う。5年生の姉・美貴は、母がスーパーに出勤して不在の昼、焼きそばを1玉だけ調理し、弟と分け合う。
子どもの7人にひとりが貧困状態といわれる。「今でも学校給食で生きている子がいっぱいいる。空腹との戦いという意味では戦中戦後と変わらない」と1947年生まれの中島さん。
ただ、現代ならではの子どものつらさに目を向けた。「私たちは、みんな当たり前に貧しかったけれど、お金さえあればなんでも手に入る世の中で、何も買えない子どもはいったいどうすればいいのか」
執筆にあたり、学校給食のない期間、ひとり親家庭を支援するフードバンクに取材を重ねた。「見せない貧困」という言葉が印象に残った。貧しいといじめにあう。だから「普通」のふりをしなければいけない。美貴は、学校には「会いたくない友達」しかいない。
弱い体にむち打って働く母親の代わりに、美貴は懸命に家事をこなす。支え合う家族はあくまで美しく、ひたむきに描かれる。だからこそ、かなしい。
「日本は一見平和で、東京五輪に向かって突き進んでいるけれど、悩みを抱えた子どもたちがたくさんいる。それを大人にわかってほしいんです」(興野優平)=朝日新聞2019年8月14日掲載
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