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朝井まかてさん「グッドバイ」インタビュー 風月同天、いつもお慶の心に

『グッドバイ』が刊行された朝井まかてさん=朝日新聞出版・掛祥葉子撮影

世界を見据えて辛い抜いた情熱

 「お慶の人生は荒波にさらされ通し。でも書いていて楽しかった。苦しくも、とても楽しい航海でした」

 長崎でつづく油商の跡取り。当時、女性の主(あるじ)はきわめて珍しかった。営んでいた店は伝統はあるが、現代の中小企業のような規模という。長崎に安価な油がひろがって老舗の経営も傾いてきた時、お慶は業界の集まりで改革案を出す。しかし、かえりみられない。

 朝井さんは小説家になる前、長くライターとして働いた。同じように「現状を抜本的に変える案は却下」という経験もしてきた。「リスクを引き受けたくない人々はダメ出しに終始する。その構図は、昔も今も変わらないと思います」

 黒船来航で沸き立つ世相のなか、お慶は打って出る。テキストルというオランダ人の少年船員に、佐賀嬉野の茶葉の見本を託す。これは「抜け荷」という密貿易。「このほんのわずかな接点からの展開は奇跡のようですが、史実です。世情が混沌(こんとん)とした幕末だからこそ起きたことですね」

 見本の評判が口コミでひろがり、3年後、イギリスの若き商人ヲルト(オルト)から1万斤という大量な注文となって声がかかる。茶葉には素人でありながら、信義を重んじ、呻吟(しんぎん)しながら生産を果たし、巨万の富をつかむ。イギリス人商人ガラバア(グラバー)らと渡り合い、信認を得る。

 「南北戦争が終わった時期で、アメリカの人々は茶葉を求め、あちらで余った武器は幕末の日本に吸い寄せられる。学校で教えられる歴史は日本史と世界史に分かれていますが、海をはさんでつながっている」

 欧米諸国の思惑や、幕府や雄藩の動きで坩堝(るつぼ)のような時代を、一介の女性商人の目に映る世界観から描き出したかったという。坂本龍馬や大隈重信らとも交誼(こうぎ)を結び、経済的に支えたお慶だったが、詐欺事件に巻きこまれ、巨額の借金を背負い込む。「その時の彼女の心情を知りたくて、追いかけた。描きたくなるのはいつも、そういう『?』の大きな人、よう分からん人なんです」

 章タイトルの中に、風月同天(ふうげつどうてん)という言葉がある。「いったん海に出たら、みんな同じ月星を見て航行する。同じ風にのって。世界の中の自分、という意識をこれほど抱いた人は稀有(けう)です。それも情熱だけがある、ごく普通の市井の女性が」

 この物語に宿した、あまたのグッドバイ。

 「そこから何が心に浮かぶのか、読者のみなさんに委ねたいと思います」(木元健二)=朝日新聞2019年11月20日掲載