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「韓国が嫌いで」書評 人生をリセットする母国脱出

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月29日
韓国が嫌いで 著者:チャン ガンミョン 出版社:ころから ジャンル:小説

ISBN: 9784907239466
発売⽇: 2020/01/10
サイズ: 19cm/158p

韓国が嫌いで [著]チャン・ガンミョン

 韓国が嫌いで。つっても韓国嫌いな日本のオッサンの本じゃないからね。
 〈なんで韓国を出ていくのかって。簡潔に言えば「韓国が嫌いで」だ。もうちょっとくわしく言えば「こんなところで生きていけないから」〉〈自分が生まれた国だって、嫌いになることもあるでしょ〉
 そうなのよ。これは韓国が嫌いで韓国を出てった女の子(もう20代の後半だけど)のお話なのよ。
 彼女の名はケナ。大学を出た後、大企業を全部落ち〈もうどこでもいいやって気持ち〉で就職したのがW総合金融だった。給与は渋いし、業界の評価もイマイチな会社。配属されたのはカード部門。でもね、それより通勤が嫌だった。
 〈地下鉄に乗るたびに考える。私、前世で何の罪を犯したのかな〉〈保険金詐欺でもやらかした?〉
 恋人も一応いたのよ。ジミョンって同い年の男。大学1年で知りあって6年も付き合った。ジミョンの兵役中も待ってはいたけど、大学に戻った彼より2年早く彼女が社会に出た後は〈ジミョンは何の役にも立たなかった〉。移民に一番強烈に反対したのも彼だった。新聞記者志望のジミョンはいった。〈僕を愛しているならどこにも行かないで、僕のそばに、韓国にいるのはだめか?〉
 それじゃだめだとケナは思い、それでオーストラリアに脱出したのである。
 作者はじつは男性で「女もすなるフェミニズム小説を男もしてみむとて」執筆したらしい。元新聞記者の作者はつまりジミョンと同じ立場にあり、留学先のシドニーで羽を伸ばすケナの姿には、彼の「申し訳なかった」な気分が反映されているようにも見える。
 母国からの脱出はすべてをリセットする究極の自立の手段。自国への批判的視線は市民意識の芽生えでもある。脱出先とて天国ではなくケナはさまざまな差別を味わうが、〈絶対幸せになってやる〉と最後に誓うケナは共感を誘うだろう。
    ◇
Chang Kang-Myoung 1975年生まれ。新聞記者を経て作家に。韓国で数々の文学賞を受賞。本書が初邦訳。