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甘食と、すあま 二宮由紀子

 何年連れ添っても夫婦は互いに相手の知らない世界を心に持つといいますが、私たち夫婦にも、つい先日それがあった。夫がクッキーの話をするのに「甘食みたいな形の」と言ったのだ。

 「あましょく?」。私は聞いたことがない。「ほら、パンの」という夫は鎌倉育ちなので、「それは鎌倉で買ってたパン屋さんのオリジナル商品?」と聞いてみた。だって百歩譲って、そんなパンがあるにせよ、関西人が名前から想像できるのは甘みのある食パンで、それなら「四角いクッキー」で済む話だからである。

 「いや、どこにでも売ってるメロンパンとかアンパンみたいなパンの種類だけど。でもそういえば、この辺で見ないなあ」と夫はスマホで甘食の画像を見せてくれた。うん、一見カップケーキのよう。でも「それほどしっとりはしていない」という。「じゃ『甘』はわかった。でも『食』は? テーブルロールみたいに常食するもの?」と聞くと「常食なんかしないよ」と笑っている。甘食の謎は深まるばかり。いま「何が食べたい?」と聞かれたら速攻で「甘食」と答えてしまいそうだ。

 こんなことは前にもあった。童話関係の何かのパーティーの席で「神奈川県にあって関西にない味」としてサンマー麺の話が出たとき、岡田淳さんの奥様の由紀子さんが「お菓子でも、すあまが」とおっしゃったのである。由紀子さんは横浜育ちだ。「すはまじゃなくて?」と私が聞くと、「すはまとは全然違う。もっとやわらかいし」と夫も断言。私は、すあまへの好奇心満タンになって帰宅した。

 半月ほど経った頃、由紀子さんから電話があった。「いま実家からの帰りで、すあまを買ってきたんです。よかったら」。私と同じ名とは思えないほど、由紀子さんはいつも優しい方である。岡田夫妻行きつけのイタリアンの店で夕食をご一緒する運びとなった。

 デザートに合わせて、いよいよ、すあまが登場する。わくわく。思った以上に大きい。「すあま、何年ぶりだろ」「私も久しぶり」と話しながらも、由紀子さんも夫も何だか意外に淡々と、すあまを食べる。「おいおい、もっと何かないのか? 『これよ、この味よ!』とか『おお、まさに故郷の宝や!』とか」と岡田さん。

 そう、それなら私と岡田さんも「初めての食感だわ!」「むむむむ、なんと形容したらいいか!」と『美味しんぼ』ごっこができたのに。

 すあまは、「ふわふわ」でも「ぷるぷる」でもなく、ほんのり甘く……。

 岡田さんが言った。「……なんか……すあま、って味やなあ……」

 ちなみに私の調査では、すあまは漢字では「素甘」。もしくは、お店によっては「寿甘」とも書くそうです。=朝日新聞2020年3月28日掲載