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何かやりたい、でも見つからない。その「熱」は投資に値する ベンチャーキャピタリスト・佐俣アンリさん

文:小沼理 写真:家老芳美

やりたいことを言語化できない人が好き

――『僕は君の「熱」に投資しよう』は、読者を奮い立たせる情熱的な言葉が並ぶ一冊です。この本を書いた経緯を教えてください。

 最初は本を出す気はありませんでした。本を書くと「あいつ、上がったな」というか、挑戦を終えて一区切りついたようなイメージがあったんです。そんな僕が書こうと思ったのは、編集者の柿内芳文さんとの出会いがきっかけ。『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)や、『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)を手がけた編集者です。

 ベンチャーキャピタリストと編集者は似たところがあると思っています。どちらも才能を見つけてきて、どの角度から伝えればその著者や起業家が世の中に受けるかを考えていく、黒子的な美学がある仕事。柿内さんは編集者の中ではトップクラスの技術を持った人ですし、「この人と会っていれば自分の仕事にも生きるだろう。本を書くのは一緒に仕事しながら勉強する口実にすればいいや」と思ったことがきっかけです。

――柿内さんという人に惚れ込んで、本を出すことを決めたのですね。

 そうですね。柿内さんと仕事をして印象的だったのは、毎回、今週見た映画とか、B級グルメのことを一方的に話すことです。そうして2、3時間ぶっ続けで話すのを何十回と繰り返す中で、その場で僕から出てきた特に熱いワードを拾って本が作られています。

 だからきっと自分は本で書いているほどは挑発的な人間ではないです(笑)。こんなテンションで生活してたら2年ぐらいしか生きられないですよ。もちろん、書いていることは全部僕の考えではあるんですけどね。

――本はどんな読者に向けて書いたのでしょう?

 いちばん届けたいのは、何かをやりたい気持ちがあってエネルギーに満ちているけど、吐き出す先が見つからない高校生や大学生。やりたいことがあるけど、それをうまく言語化できなくてモゴモゴしている人が好きなんです。

 「環境NPO作ってます!」とか、すでにやりたいことが見つかっている人は、自分の責任で精一杯頑張ればいい。でも、見つけたいと思っているのにうまく見つけられていない人、どうすればいいかわからなくて、だからこそ熱を帯びている人に「それでいいから、今の自分の状況を認識して、いつか何かにぶつけるために行動しよう」と伝えたい。その思いで書きました。

 つい先日も、僕の本を読んで居ても立ってもいられなくなった大学生たちが、「カレー屋をやりたいんです!」と言って、名古屋から夜通し車を飛ばして会いに来ましたよ。高校生や大学生に限らず、社会人でも、40歳や50歳でも、モヤモヤと心に抱えているものがある人が読んで、背中を押されるものになればいいなと思っていますね。

合理と非合理をつなぐイノベーション

――そもそも、佐俣さんはなぜベンチャーキャピタリストになろうと思ったのでしょうか?

 村口和孝さんという、DeNAなどに投資していたベンチャーキャピタリストとの出会いが大きいですね。当時、村口さんは大学生向けに「ベンチャーキャピタリストとは」というような講座をボランティアで開いていました。村口さんの語りは決してロジカルではないんですけど、かっこいいと思ったんです。「村口さんみたいになりたいな」と思ったのがはじまりです。

 僕はこれ、自分でもすごくいい夢の見方だったと思っています。「かっけー! この人になりたい!」って、いわばただの憧れです。でも、その直感的でシンプルな感情がすごく大事。「この人になるためにはベンチャーキャピタリストになるしかないし、独立するしかない」とどんどん道が決まっていきますから。

――仕事の中でやりがいを感じるのはどんな場面ですか?

 スタートアップという挑戦を通して、人がすごく成長していく瞬間を見られる時です。最初はダメなやつ、変わったやつも多いんですけど、事業が成功して上場するなどしてステージが変わると、その人自身も大経営者のようになっていく。

――本の中で、YouTuber芸能事務所「UUUM」代表の鎌田和樹さんや、女性向けキュレーションサイト「MERY」を運営していた株式会社ペロリ元代表取締役の中川綾太郎さんの成長を、苦しい時のことも含めて書いています。

 「ああ、この人はもう僕よりも完全にすごいところに行ったな」と思わせてくれる、自分を超越していく人がたくさん育っていくのを間近で見られるのは幸せですね。

――中川さんのケースもそうですが、佐俣さんはまだ事業やプロダクトが明確でない起業家に対して積極的に投資をしています。それはどうしてでしょうか?

 単純にそのほうが面白いからです。「こいつは5年後、10年後に何かをなすだろう」と直感した人の成長を、相撲の砂かぶり席でやんややんや言いながら見ていたい。

 投資にもいろいろあって、事業が大きくなってから投資をする方法もあります。そうした世界では、ロジカルに言語化された事業やプロダクトに投資をするのが普通。でも、僕はその逆が好きなんです。言語化を極めた投資家からすれば意味がわからないと言われます。でも、だからこそ自分がやろうと思っているところもあります。

――というと?

 僕は感覚的に信頼できる投資家を見極められるし、彼らのやりたいことを論理立てて投資家に説明して、間をつなぐのも得意です。言語化ができないことと頭が悪いことってまったく別物なんですよ。合理と非合理、言語と非言語を橋渡しして、投資家のお金を運用しながらイノベーションを起こしていく。その循環を美しいと思うし、それができている今は、こんなに楽しい仕事はないと思っています。

――佐俣さんが「この人は信頼できる」と思うのはどんな人でしょうか?

 ダメなことを言うのが早い人でしょうか。「今は頑張れるけど1カ月後は厳しいかもしれません」「取締役とうまくいっていなくて、ヤバイことが起こるかもしれません」と早めに言ってくれる人は、信頼に足ると感じます。「黙って辻褄を合わせよう」と無理をしようとすると、最終的には取り返しがつかないことになりますから。

 起業家もベンチャーキャピタリストも人間だから、当然いい話をしたいんですよ。でも、いい話なんてそんなに頻繁には舞い込んできません。だから起業家には「いい話より、悪い話を教えてね」と繰り返し伝えています。

――事業としても大切ですし、一人で抱え込まないほうがメンタル面でも楽になれますね。

 起業家はみんな自分を追い込むのが上手なので、放っておくと追い込みすぎてしまいます。短期的に頑張っても、本当にメンタルをやられてしまったらその方がダメージが大きいし、そうなることは誰も望んでいません。だから早めに共有できる癖をつけたほうがいいと思っていますね。

挑戦しなくても生きていける、けど…

――佐俣さんがベンチャーキャピタリストとして挑戦にこだわり続ける理由は何ですか?

 この業界だと、僕の10〜15年上の先輩たちの中には引退していく人がいるんですが、僕はそれがすごく嫌で。もっとどんどん先へ行ってほしい。がんばっている姿を見せて奮い立たせてほしいんです。

 そのもっとも大きな存在が孫正義さん。孫さんは「今の自分を超えるためには何をしたらいいか」を常に考えて行動しているといいます。あの年齢になっていまだに成長を続けているので、もはや嫌な気持ちにすらなるのですが(笑)、そういう人がいるから挑戦し続けようと思えます。

――機関投資家のお金を預かって運用する仕事で、挑戦への失敗やリスクの恐れもあるのではないですか?

 挑戦は、しなくても生きていけると思います。でも、挑戦しないことにもリスクはあって、今の自分が持っているエネルギーは何もしなくても減っていってしまうし、そうして死んでしまったら絶対に後悔するでしょう。自分の人生では今がいちばん若いのに、挑戦しないのはもったいない。その気持ちが、自分を奮い立たせてくれます。最後は「生きたいように生きたな」って思いたいじゃないですか。

 投資先の人からは「アンリさんは起業家なんで」とよく言われます。僕自身、自分が投資している起業家のほとんどよりも挑戦している実感がありますね。そうして一緒に挑戦している同志だからこそできる会話があるし、辛い時に心の底から「辛いね」と寄り添ってあげることができる。それに、自分が挑戦し続けていないと、精一杯挑戦している人とは恥ずかしくて何も話せないですから。