1. HOME
  2. インタビュー
  3. 鈴木武蔵さん『ムサシと武蔵』インタビュー いじめや差別を受けている子へ「今いる世界がすべてじゃないよ」

鈴木武蔵さん『ムサシと武蔵』インタビュー いじめや差別を受けている子へ「今いる世界がすべてじゃないよ」

文・木崎伸也、写真:本人提供

僕だから伝えられること

――この本には鈴木武蔵選手が差別を受け、それを乗り越えてプロサッカー選手になる壮絶な半生が描かれていますね。出版は武蔵選手の提案だったのでしょうか?

 本書の構成を担当したライターの安藤隆人さんからお話を頂きました。正直、最初は「時期尚早かな。タイトルを獲ったわけじゃないし、ワールドカップ(W杯)にも出てないし難しいかな」と思っていたんですけど、僕だからこそ伝えられることがあるんじゃないかと気づいて。

 いじめや差別を受けている子供たちに、少しでも僕の本が励ましになればいいなと思って、出版を決意しました。あとはこれから何かに挑戦しようとしている子供や、どこか壁にぶち当たっている子供にも響く内容だと思っています。子供たちには「今いる世界がすべてじゃないよ」ということを伝えたいんです。小学校や中学校が世界のすべてに感じてしまいますが、この本をきっかけに「自分の世界の外」に目を向ける習慣を持ってもらえたら嬉しいです

――ジャマイカ人の父親と日本人の母親を持つ鈴木選手は、同級生にその見た目をからかわれ、祖父に連れて行かれた理髪店でも、ある出来事から大人になるまで外で髪を切れないくらいの心の傷を負います。いくら自伝と言っても、嫌な過去には触れたくない人もいると思いますが、ここまで赤裸々に明かした理由はどこにありますか?

 中途半端なサッカー選手の自伝本にしたくなかったですし、自分の心の奥底にあるものをしっかり出したいと思ったので。もちろん過去を思い出す作業は簡単ではなかったです。人間、嫌なことは自然と記憶から消そうとしているし、自分の感情を言葉にするのは難しかった。

 でも、記憶を何度も遡るうちに、だんだん嫌だった思い出を言葉にできたんです。最初は殻を作って淡々と答えていた自分がいたんですけど、深い話をしていくうちに語りやすくなった。また次、また次と、どんどん自分のことを話せるようになったんです。

言葉の投石は、さらにエスカレートしていった。
「お前、ハンバーグよりも大きなフライパンだな」
「うっわ、黒。黒くて黒板かと思ったよ」
心ない言葉の石が、次々に浴びせられた。
ときを同じくして、僕はサッカーチームでもいじめられるようになった。
(『ムサシと武蔵』より)

電車の隣の席が空いている

――以前、元日本代表のハーフナー・マイク選手にインタビューして驚いたのが、子供のときに札幌で生活していて地下鉄に乗ると、自分の両側だけ人が座らないことが多かったと。避けられていると感じたそうです。

 僕も実際、電車で僕の隣だけ最後までずっと空いている経験をしたことがあります。幼いときに経験するほど「なんで?」という疑問が大きくなる。

 もちろん今となっては理解できます。見た目が違う人に慣れてないだけなんですよね。昨夏からベルギーで生活し始めて思ったのは、ベルギーにはいろんな人種がいるから見た目の違いが気にならないんだなと。 日本もどんどんグローバルになり、他の人種と触れ合う機会が増えてくる。少しずつ社会は変化すると僕は思っています。

――U-16日本代表に初めて選ばれたとき、吉武博文監督は「人間は肌の色が違っても根本は同じなんだ」とミーティングで訴えつつ、一方で腫れ物を触るような特別扱いもしなかったそうすね。「94ジャパン」(1994年1月1日生まれ以降で構成)の経験は大きかったですか?

 人生のターニングポイントでした。94ジャパンでは仲間や監督、コーチ全員が、一人の日本人の選手として接してくれた。「周りと違うからかわいそう」って思われることも、差別される側からしたらやりにくいというか。何も気にせず、周りと同じように接して欲しいという思いがある。

 それは肌の色の話に限らないですよね。きっと身体障害者の方も、すごく気を遣われて生活を送るのと、周りが自然に接してくれて生活を送るのとでは、心の持ちようが違うと思うんです。

大きく深呼吸をしてから、その青いユニフォームを手に取り、袖を通した。その瞬間、僕のなかである感情が湧き起こった。
「僕は日本人として、日本代表でプレーするんだな」
(『ムサシと武蔵』より)

ぶつかり合って、本音を出して

――本書は「1人の少年が差別を乗り越える」本であると同時に、「1人の少年が自己表現をできるようになった」本でもあると思いました。差別から自分を守るために心の殻を作った少年が、自己表現をしていく過程が詳しく書かれています。

 日本は社会全体として、みんな平等に、他人に迷惑をかけないで、人目を気にして生きていこうっていう大まかな基盤があり、個人を表現しても潰されてしまうことがあると思うんですよね。

 日本的な「空気を読む」ということを一概に悪いとは言えないです。日本の良さ、たとえば治安の良さはそういうところに結びついていると思うので。 でも他人の目を気にして、自分の特徴をゼロにしてしまうのは、めちゃくちゃもったいない。もちろん空気を読むべき場面もありますけど、自分が主張したい、自分が間違ってないと思ったときは、たとえ相手が先生であろうと、友達だろうと、主張するべき。そうやって主張していく人は、何かきっと大きな成果を成し遂げられるんじゃないかと思います。

 僕は自分を出せるようになるまで、本当に時間がかかりました。自分のことを理解してくれる友達だったり、親だったり、パートナーと何度もぶつかり合うのが一番の近道だと思う。ぶつかり合うことで少しずつ本音が出てくるので。今の子供たちには近くにいる周りの人たちを大事にして、そういう作業を何度も何度もやって欲しいと思います。

――昨年8月に北海道コンサドーレ札幌からベルギーリーグのKベールスホットVAに移籍し、すぐに得点してチームの主力に定着しています。自分のどんな点が成長していると思いますか?

 コンサドーレはコンビネーションや戦術が長けていてすごくやりやすかったですが、ベルギーは戦術があってないようなもので、個人でなんとかしなきゃいけない場面が多い。そういう中で現在6ゴール。もっと取れるチャンスがあったと思っています。

 今年に入ってからなかなか点を取れず焦りもありますが、こういうときこそ初心に戻ることが大事。今まで指導してもらった監督やコーチの言葉を思い出しています。点を取れないと自信をなくして悪循環になりがちですが、今は自分の中で解決でき、メンタル面で成長できたなと思います。

 コンサドーレにいたらチームのやり方がわかっているし、居心地が良かった。でも日本代表でさらに活躍するには、修行じゃないですけど、居心地が悪い場所に身を置いて壁を乗り越えていく経験が必要だと思った。海外に来てすごく良かったですね。

SNSをやめてもいい

――日本代表になってもなお、試合後、SNSに差別的な中傷が届くということが本書には書かれています。現代ではSNSで心を病み自殺してしまう人もいます。そういうニュースをどう見ていますか?

 亡くなった方がいるのは本当に痛ましいことだと思います。そういう誹謗中傷が来たらSNSをやめるのも手。やめるのが難しかったら、まずはいったん見ないようにする。そういうことを学校で教えていいと思うんですよ。

 SNSは必需品かもしれないけど、正直なくても生きられるじゃないですか。僕は見ないときもある。SNSで悪いことが書かれているのを見たら、気持ちがネガティブになる一方ですから。自分でコントロールするようにしています。

――これからどういうストライカーになっていきたいですか?

 一般的に年齢を重ねると筋力やスピードが低下しますが、それでも点を取っている選手がいる。なんで点を取れるかというと、ペナルティボックス内の動き、相手との駆け引き、予測が優れているから。 ゴールを決める場所がわかっている選手は、何歳になっても点を取れる。「ゴールを決める場所」を理解し、毎日の練習で磨いていきたいと思っています。

 日本代表としてW杯に出場し、そこでゴールするのが僕の目標。今からそれを考えても仕方ないので、所属チームで毎試合結果を残していきたい。そうしたらW杯も自然に見えて来ると思っています。