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「人間主義的経営」 中世の古城で地域と共に栄える

 世の中から真に必要とされる仕事とは何か。企業は、社会にとってどんな存在であるべきか。コロナ禍において繰り返し突きつけられる問いの答えがあるかもしれない。そんな気持ちで手に取った。

 伊高級アパレルブランド「ブルネロ・クチネリ」の創業者の経営哲学を綴(つづ)る本書の冒頭は、朝の静かな散策の描写から始まる。まるで美しい農村を舞台にしたイタリア映画のよう。

 1953年、ペルージャ郊外の農村に生まれた著者は、穏やかで愛情深い家族と豊かな自然の中で育つ。工場労働者となった父親が受けた侮辱を機に、「人間の尊厳を守るために生きて働く」と固く誓い、25歳の時にイタリア伝統の染色技術を生かしたカシミヤセーターの製造を始める。経済的成功を収め、上場も果たした同社のシンボルとして描かれるのが「城」だ。人口500人足らずのソロメオ村に継がれる中世の古城をオフィスに選び、地域と共に持続的繁栄を目指す。その哲学を直接聞こうと、米シリコンバレーを賑(にぎ)わすIT企業のトップらも訪れるという。

 訳者は、国内外の企業経営に携わってきた事業家。あとがきに綴られる、出版に至るまでの経緯にも物語がある。=朝日新聞2021年5月1日掲載