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人生の残りの時間をどう生きる? 朝倉かすみ「にぎやかな落日」など、藤田香織さん注目の3冊

  • にぎやかな落日
  • 緑陰深きところ
  • 片見里荒川コネクション

 ふと、自分の人生には、あとどれくらいの時間が残されているのだろうと考えることはないだろうか。

 帯に「人生最晩年の物語」と記された朝倉かすみ『にぎやかな落日』は、北海道に暮らす、おもちさんこと島谷もち子の「その時」を描く物語だ。

 夫は特別養護老人ホームに入所し、独身の娘は東京在住。八十三歳になるおもちさんは人生初のひとり暮らしをしていたが、持病が悪化し入院を余儀なくされる。食事も行動も、思い通りにならないことが増えていくが、時を行きつ戻りつ語られる日々は、決して重苦しいものではない。〈いつ死んでもいいけど、今は、まだ、やだ〉。そうだよね、と頰が緩む。作者の実母をモデルにしていると聞くが、読者もまた其々(それぞれ)の母や祖母を、そして自分の「これから」を、おもちさんに重ねるだろう。〈ご機嫌よろしゅうございます〉。いつでも、いつまでも、本当にそうありたいと心から願いたくなる。

 対して、昨年『銀花の蔵』で初めて直木賞候補にあがった遠田潤子の新刊『緑陰深きところ』は、七十歳を過ぎた主人公の三宅紘二郎が、兄を殺しに大分へと向かう不穏なロードノベル。

 大阪のミナミで独りカレー屋を営む紘二郎のもとへ、ある日、達筆な漢詩が記された絵葉書(はがき)が届いた。差出人は三宅征太郎。五十年ほど前に、同居していた義父と妻子を殺害し、無理心中を図るも死にきれず、死刑は免れたものの長く音信の絶えていた兄だった。

 長い長い歳月、蓋(ふた)をして目を背けてきた、紘二郎を兄殺しへと突き動かす記憶。足として選んだ古いコンテッサの奇縁で、運転手として雇った二十五歳の蓬萊リュウとの関係性の変化。宿命や運命といった大袈裟(おおげさ)に語りたくなるものが、ゆっくりと嚙(か)みしめるように語られていく。人は誰もが、必ず死ぬ。でも、だけど――。すべてが明らかになった、その先にあるものは読者にひとつの覚悟を促すだろう。

 一方、小野寺史宜『片見里荒川コネクション』は、必然と偶然が重なり出会った、七十五歳の中林継男と二十二歳の田渕海平が主人公。
 東京の空の下、無職の後期高齢者と留年が決定した大学生が知り合ったのには、もちろん理由があった。地元・片見里で暮らす祖母が、あるきっかけで初恋の人・中林継男を捜して欲しいと孫の海平に頼んだのだ。ずっと忘れられず深く思い続けていた人に、死ぬ前にひと目会いたい――というわけじゃない「感じ」が、素晴らしく良い。

 交互に語られるふたりの日常には、それぞれの場所があり、思いがある。老いていくこと、生きていくことへの気負いが、すっと軽くなる物語だ。