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滝沢カレンの「夏への扉」の一歩先へ 321年生き続けている男の話

撮影:斎藤卓行

2905年、再図(さいと)時代。
きっと何百年間単位で考えれば、目が狂わしくなるほど文明も人間も進化していることだ。

だって僕は見た目は35歳前後だが、実はもう321年も生きている。

灰色の世界におおわれたここには、感情で生きている人間はもういない。
僕は今日も未来と過去を繋げる研究をしている。

こんな僕の人生をちょっと聞いていってくれ。

   ◇

時は戻って、2584年等輪(とうわ)時代に遡る。

緑の草木が町中に広がる。
人工的な色味で成り立つ木々たちは誰かの指示によってそこに機械的に立っている。

それが当たり前だ。

太陽の接近によって人間たちはみんな地下暮らしをしている。
地上にいるのは人工的な草木とおそろしくも丈夫な昆虫くらいだ。
季節はいつしかなくなり一年中、世界は夏だ。

僕の名前は、アレンドロ・ハイク。
3歳から宇宙の研究に携わり、20歳で宇宙内を移動できる宇宙案内人の免許を取得した。

30歳になった今は、未来に移動できるタイムマシンの実現化を研究している。
私生活では、アリアンという彼女と4年交際をしていて、一言でいえば幸せだ。

「ねぇ、ミケランここのスイッチになる部分は鉄骨にしてくれ。宇宙間の移動中に取れてしまっちゃ大変だから」
「かしこまりました。すぐに作り直してきます」

部下のミケランは、僕の唯一の優秀な人間部下だ。
あとの部下はもう全てロボットでまかなっている。

総勢45人のチームでタイムマシンの設計、経路など全て僕がリーダーになり動いている。

「ハイク博士、もう充分に試し運転できそうですね。いつにしますか?」
「まぁミケラン焦るな。慎重に試運転したいから、最終確認をあと5回はしてから、宇宙に持っていこう。さらに宇宙の経路の設定にも時間がかかるからな、試運転できるのはまだ先だよ」

「博士、焦ってしまいました。すいません! でも、ついに人間が何百万年も望んでいたタイムマシンの未来が近づいているんですね。ワクワクします!!」
ミケランはこんにゃくみたいな笑顔で、僕のやること全てをいつも全力で応援してくれて、支えてくれている。

「ありがとう、ミケラン。どの部分にも手を抜かず、最後まで走り切るぞ」
「はいっ! がんばります!!」

そして、タイムマシンの形は完成した。
あとは全て宇宙での作業になる。

その夜、僕はアリアンをうちに呼んだ。

「アレン、どうしたの?? 急に呼ぶなんて、らしくないね」
「あぁ。アリアン、僕ね、ついにタイムマシンが完成して、来週から宇宙での作業に移ることになった」

アリアンの顔を見なくても表情が伝わってきた。

涙が頬を通る音さえ。

「アレン。私嫌だよ。あなたと会えなくなるのは。宇宙はあなたにとっては近所のように軽々しく話すけど、宇宙はまだまだ未知な場所よ? 何にもわかりっこない。安全も絶対も通じない場所なの。だからアレンが行くことはない」

「アリアン。わかって欲しい、自分のこの目と手で最後まで成し遂げたいんだ。タイムマシンを作ることは3歳からの夢だった。知ってるだろ」

「でも、アレンが行く必要はない。ロボットたちに行かせればいいじゃない」
アリアンが涙で喉を詰まらせながら、僕を引き止めようとしていた。

辛かった。

アリアンが理解してくれないことが、僕は辛かった。

「アリアン・・・・・・そんな心配することじゃないよ。一生の別れじゃあるまいし。たかが1、2年したらまた帰ってくるんだよ。そしたら、君と結婚する」

僕は帰ってきてからプロポーズしようと思っていたが、ついアリアンを納得させようと今言ってしまった。

アリアンはさらに涙を増やした。

「アレン・・・・・・それなら、なおさら近くにいてよ・・・・・・私の。1、2年後なんて、うそよ」
「うそじゃない。約束する。君を愛している。必ずタイムマシンができたら君を迎えにくるから」

アリアンは、そこから一言も話さず、そして最後まで頷かなかった。
何時間も、何時間もアリアンは涙を止めなかった。

僕は自分の夢のために強引に気持ちに整理をつけ、次の週には宇宙に飛んでいた。

アリアンとは結局出発まで電話すらしていない。

でも僕は自分に約束した。
必ずアリアンを迎えに行くと。

そこからは思っていたより多忙な毎日だった。
宇宙にいると時間の感覚がなくなり、徹夜での仕事は当たり前だった。

今回宇宙には、僕とミケラン、そしてロボット1体という最少人数で来た。
そのため、ひとりひとりの労働時間は恐ろしいものだった。

タイムマシンを独自で作った軌道に乗せ、ある小さく発生したタイムホールという名の空間にうまく入るように設置する。
そこに入る前に、年数を入れれば自動的に未来に到着するという法則だ。

光よりも早く進むように瞬間移動を叶えることができなければ、未来に行けても自分自身が老いてしまう。
それが僕の一番の使命だった。

広い宇宙には何時間も何時間も時間があるように思っていた。
そしてついに、僕はタイムマシンを完成させた。

「ハイク博士!! 遂に遂に完成しましたね!! これはすごいです。未来への片道切符が手に入ったんだ・・・・・・。もう博士は一生名を残す発明家です!!」
「あぁ。ミケラン、ロボットA、君たちの協力のおかげだ。本当にありがとう。本当にありがとう」

僕は泣きながら二人にハグをした。

3歳からの夢が、いま目の前にある。

それはそれは感動的だった。

「なんだか徹夜が続いたせいか、考えていたより早かったんじゃないか?」
「そうかもしれないです。試し運転では全て瞬間移動でしたし、結局かかった作業は1年半くらいじゃないでしょうか?」

「そうだよな。あーよかった。みんな無事だし早く作業も進めたし。これでアリアンを迎えに行ける」
「地球には楽しみしか待っていないですね、博士! さぁ、帰りましょう!」

振り返ると、僕らの地球が米粒みたいな場所に見えた。
だが、タイムホールで瞬間移動ができる。

アリアンのいる地球に。

「そうだな、戻ろう」

僕たちはタイムマシンの証明書を手にタイムマシンに乗って地球に戻った。

僕たちは、大事なことにすっかり気付けていなかった。

僕たちは、あの日に戻ったつもりだった。

その地球の姿は僕の知っているあの日の地球ではなかった。

太陽はさらに接近したのか、暑くて暑くて一秒も耐えられない世界になっている。

「ミケラン、2年弱でこんなに太陽が近づいたのか? 地球も大変だ」
僕はロケット着陸場の基地で防熱服を着ながらミケランに話しかけた。

「ハイク博士・・・・・・僕たちは、宇宙時間にだいぶ飲み込まれていたようです。博士。大変です」
「え? なんだよ? 地球時間じゃ5年くらいたっちゃってたか?」

「いえ。僕たちが地球を離れてから82年の月日がたっています」

時は完全に止まった。

周りの音も時計の音も、呼吸さえも。

莫大な宇宙を知った気になっていた僕は、大きく時空に飲み込まれていた。

自分たちは宇宙時間で生きていたため老いない。
だが地球は、なんのブレもなく24時間で一周していた。

僕たちがいない間、地球を何周させていたのだろう。
大きく狂った時間のズレに、しばらく顔さえあげられなかった。

「ハイク博士。アリアンさんを探しましょう。もしかしたら、まだ地球にいるかもしれない」

僕は走った。

アリアンの居場所も知らずにとにかく走った。
思いあたる場所は隅々まで探し回った。

僕が住んでいた家に行ったとき、驚愕した。
跡形もなくなっていたのだ。

それどころか見たこともない銀色に染まるインターネットカフェが建っていた。
僕の知っている街ではなくなっていた。

ピルピルピルルル

部下のミケランから電話が入った。

「ミケラン、どうした?」
「アリアンさんを見つけました。エンドロール病院です」
「エンドロール病院? すぐ行く」

エンドロール病院はまだ地球にいた頃からあった病院だ。
僕はすぐに向かった。

「B5678号室にアリアンさんはいらっしゃいます」
受け付けを済ませると地下56階に向かった。

扉を開けると、姿を変えたアリアンが横になっていた。
僕より年下だったアリアンは、僕を遥かに抜いていた。

宇宙の莫大にゆっくり過ぎ去る時間によって、僕は32歳くらいにしかなっていなかった。

だが、アリアンは102歳。

僕は震える手足を前に向かわせ、アリアンに近づいた。

「アリアン・・・・・・ただいま」

もっともっと溢れる言葉があったはずなのに、この言葉しか出なかった。

「アレンなの?」

アリアンの声は細く薄く、いまにも潰れちゃいそうな繊細さを発していた。

「あぁ、僕だよ。アリアン。君とつい最近話していた気分だったのに・・・・・・。まさか、まさか、こんな月日が経過していたとは」

すかさず、アリアンの手を握った。
アリアンはまっすぐ前を見ていた。

「アレンの手あったかくてすべすべね。羨ましい。肌も触らせて」

アリアンは視力を失っていた。
僕は涙が頬をつたうのを堪えて、アリアンの手を自分の頬に連れて行った。

「わぁ、相変わらず綺麗な肌。でも、痩せたわね。アレンのことだから仕事に集中しすぎてご飯なんてろくに食べなかったんでしょう? だめよ。健康一番なんだからね」

僕は揺るがない気持ちを確信し、ポケットから箱を出した。

「アリアン。たくさんたくさん待たせてしまった。それでも否定せずに僕を行かせてくれて、本当にありがとう。僕には、いままでもこれからも君以上の女性はいない。たくさん我慢させてしまい本当に申し訳なかった。本当に遅いかもしれない。だけど、アリアン、僕と結婚してください」

僕が一番伝えたかったことをやっと言えた。

「アレン。ずっとずっとずっと待ってたのよ。あなたを。毎日空を見ながらね。空のどこかにアレンがいるって信じていたのよ。こんなしわくちゃになってしまって、空も、あなたの顔も見ることが出来なくなってしまったけど、私もあなたを愛してる」

絵:岡田千晶

そして僕たちは結婚した。

82年越しの夢を叶えることができた。

実に年齢差は70歳もあった。
でもそんなこと僕らの愛に比べたら本当にちっぽけなことだった。

「アリアン、会いたかったよ。さぁ、君のことを全部聞きたい。全部。82年分の君の景色を教えてくれ」
「あらぁ、もう生きてる間に話し切れるかしら。あなたの宇宙の景色も聞かなきゃいけないしね」

ふたりの再会の会話は病室に24時間止まることなく響き渡った。

それから数週間後、僕はノーベル賞を受賞し、博士の最優良賞など各賞を総なめにした。
タイムマシンは研究者や政府を中心に使用を開始した。

後に僕は妻、アリアンの為に次は過去に戻れるタイムマシンの発明に力を入れることになる。

だがタイムマシンで瞬間移動をしながら行ったり来たり研究を進めていたら、あっという間に321年が過ぎていた。

あの時、人間の手じゃ作れないもっと大切な物に気付いたはずだったのに。

僕はロボットよりもロボットだった。

そして僕の周りには、誰一人いなくなった。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 発明家で技術者のダンは、掃除などの家事を自在にこなす機械を作り、親友のマイルズとともに会社を興します。秘書のベルとも婚約し、順風満帆にみえましたが、マイルズとベルが裏切り、会社から放り出されることに。やけになったダニエルはすでに実用化されていた「冷凍睡眠(コールドスリープ)」で30年間の契約を結びます。

 2000年に目覚めたダンは、契約していた保険会社の倒産で受け取るはずだった資産がなくなっていることを知らされます。後悔のなか、軍事機密だったタイムマシンの存在を知り、再び1970年に戻って冷凍睡眠をやり直すと……。

 時間を行き来するタイムトラベルが物語の鍵をにぎる『夏への扉』は、日本での人気も高く、恋愛小説としても楽しめるSFの古典です。カレンさんが描くタイムトラベルの残酷さを、ダンがいかに回避するかも読みどころです。

 タイトルとなった「夏への扉」は、寒がりの愛猫ピートが冬がくると、「人間用のドアの、少なくともどれかひとつが、夏に通じているという固い信念を持って」「夏への扉を探すのを、決して諦めようとはしなかった」ことに由来し、希望につながる扉という思いが込められています。