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北村みなみさん「グッバイ・ハロー・ワールド」インタビュー 漫画で未来のテクノロジーに託す「人に優しく」

北村みなみさん=家老芳美撮影

世界の常識や価値観がひっくり返ってほしかった

――北村さんは静岡県の戸田(へだ)村の出身だそうですね。どんな子ども時代でしたか?

 海と山に挟まれた、小さくて細長い漁村でした。隣町までは30分ほどかけて車で山を越えないといけない。本当に田舎でした。子どもの頃は海や川で泳いだり、山に登ったりして、遊んでいましたね。

 ただ自発的に外に出るタイプだったわけではありませんでした。運動神経も悪かったので、家で絵を描いたり、本を読んだりするのが好きでした。漫画はジャンプ系など流行りの作品はあまり持たせてもらえなくて。親の本棚にあった、手塚治虫、藤子不二雄、萩尾望都、大島弓子など、ザ・名作みたいな漫画ばかり読んでいました。


――SFはずっと好きでしたか?

 そうですね。あとあと考えてみれば、好きなものはみんなSFだったんです。田舎で引きこもっていたから、退屈していたのかな。世界の常識や価値観が全部ひっくり返ってほしいという気持ちがあったのかもしれません。

 今の常識とされることは、たまたまそうなっているだけで、ちょっと歴史が違ったら変わっていたと漠然と思っていて。SFは数万年後の話、地球と違う星の話など、常識が全部リセットされた世界を描いているのが好きだったんですね。

――特に好きだった作品は?

 手塚治虫先生の『火の鳥』や弐瓶勉先生の『BLAME!』でした。『火の鳥』は、ずっと漫画といえばこれだと思って読んだので、価値観が確立されちゃったというか、すごく影響を受けました。『BLAME!』などの弐瓶先生の作品は、全然違う世界をハードSFとしてイチから構築されていて、すごく刺激を受けます。

雑誌「WIRED」の内容と連動しながら生まれた

――今回は「WIRED」の編集者の野口理恵さんが、テクノロジーをうまく漫画で伝えたいと北村さんに依頼をしたと聞きました。すでに12年ほどフリーのアニメーション作家・イラストレーターとして活動していますが、漫画を初めて本格的に描いてどうでしたか?

 漫画ってすごく特別で、尊敬するべきコンテンツだったので緊張しました。今まで自分が好きだった漫画のことを思い出すと、下手なことはできないというか。気合を入れなければと思いながら描いてきました。

――AR、VR、人工知能などの最先端のテクノロジーが描かれていますが、毎回「WIRED」の特集テーマと連動していたそうですね。

 一番最初に「WIRED」のその号のテーマを教えていただいて、編集者の野口さんとネタを何にするかを相談して決めていきました。初めはすごく簡単な話だったのが、「WIRED」で取材中の方たちにテクノロジーのネタを教えてもらって、詳細に組み込んでいきました。ひとりでは今のような漫画にならなかったと思います。

 たとえば、未来の尊厳死を描いた「幸せな結末」は、「WIRED」の特集は未来の必修科目になりそうなものを扱った「FUTURES LITERACY」でした。雑談みたいに菌や恋愛アプリなどのネタ出しをする中で、尊厳死を描くのはどうだろうと膨らんでいきました。

――テクノロジーの描き方は楽観論でも悲観論でもなく、ニュートラルな印象を受けます。

 何か新しいテクノロジーがあるとして、それがいいものかどうかは未来じゃないとわからないと常に思っていました。いい人にはいいだろうけど、嫌な人には嫌だろうと。テクノロジーが進むことを完全によしとは捉えずに描くようにしました。「WIRED」もそうだと思うので、それに倣う形でもありましたね。

辛い人に寄り添うテクノロジーであれ

――何かの終わりを描いた作品が多いのはなぜでしょう? 人類の最後のひとりの日々を描いた「3000光年彼方より」、夫の尊厳死を扱った「幸せな結末」などあります。終わりを描いていても、どこか希望が感じられる爽やかな読後感でした。

 皮肉な話が好きだからでしょうか。小さい頃から毎日のように、隕石が落ちてきたらどうしようとか、そういうことばかり考えていました。漫画を描こうとなった時に、終わりを描くのが普通というか、楽しいような感覚があります。

 終わり方はある人にとってはバッドエンドだけれど、別の人にとっては幸せなハッピーエンドとも捉えられる。人によって受け取り方が変わるようになればいいなと思っていました。

――普段の仕事のイラストやアニメーションと、今回の漫画では、取り組み方や表現できるものは違いましたか?

 普段の広告のお仕事などは、かわいくてきれいなものを求められるんですよね。クライアントさんも商品をよく見せようと思いますよね。私もそういうものが好きで描いてしまう。ただ、世の中がそっちのことしか見ていないんだなという気持ちがずっとあって。自分で描いていて、後ろめたさや苛立ちを感じることがありました。

 今はいろんな仕事をして生活もできているけれど、未来の自分はうまくいっていないかもしれない。芽が出なかった可能性だってあったかもしれない。同じように絵が好きでも、大学に学費がなくて行けなくて地元に残っていたり、挫折を経験したりした人もいるかもしれない。そういう人たちは、なかなか今の世の中でスポットが当たることがありません。

 今、生きづらい人は、世の中の常識がたまたまこういう形だから辛いだけかもしれない。世の中の価値観がバーンと全部変わっちゃったら、その中ですごくいきいきと楽しく過ごしているかもしれない。そういう可能性を考えたかったです。テクノロジーも、かっこいいとかきれいばかりを追い求めるのではなく、辛い人に寄り添うようなものであってほしいと思います。