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辻堂ゆめさん「トリカゴ」、大藪春彦賞 戸惑いから生まれた、「無戸籍」追うミステリー

「トリカゴ」で大藪春彦賞を受けた辻堂ゆめさん

 今年の大藪春彦賞を受けた辻堂ゆめさんの『トリカゴ』(東京創元社)は、自身初めてとなる警察小説だ。かねて関心を抱いていた無戸籍問題をテーマにしながら、巧妙な謎解き要素にも満ちた社会派ミステリーになっている。

 「警察小説を読むのは好きなのですが、組織などが複雑で、書く力量がないと思っていた。デビューから5年が過ぎ、そろそろ挑戦してみようと書いた作品が評価いただけてうれしい」

 物語は、コロナ下で起きた殺人未遂事件から始まる。刑事の里穂子は容疑者のハナを追い、無戸籍者が隠れ住むコミュニティーにたどりつく。捜査を進めるうち、ハナとその兄が、四半世紀前の誘拐事件の被害者ではないかとの疑念を深めていく。

 無戸籍者への関心は、大学在学中の2014年に「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受けたデビュー作『いなくなった私へ』がきっかけ。登場人物の戸籍について、読者からの疑問の声を聞いて調べ始めた。「戸籍制度が整っている日本だから身寄りのない人でも所定の手続きを踏めば戸籍をとれると思っていた。ところが想像以上に救いのない現状が浮かびあがってきて……」

 その戸惑いは、作中の里穂子がそのまま引き受けている。刑事の立場と、娘を持つ一個人の立場で揺れ動きながら、兄妹の救済に尽力する。手を差しのべられたハナも、自分の置かれた立場を少しずつ理解し、社会に向けた意識を高めていく。辻堂さんに近い世代の女性2人のくっきりとした造形が印象に残る。

 「無戸籍で学校に通っていなくても、支えてくれる人がいればまっすぐ育つと思っていて。数ある警察小説のなかに、自分が自信をもって何かを加えられるとしたら、等身大の女性の姿かなと考えた」

 時を超えた二つの事件の真相が鮮やかな伏線回収とともに明らかになる本格ものでもある本作だが、ミステリーの魅力に目覚めたのは、高校1年のときに読んだ湊かなえ『告白』から。「どんでん返し」の真相に衝撃を受け、「読者を驚かせたくて」、小説を書いてきた。一方、前作『十の輪をくぐる』はノンミステリー。二つの東京五輪の時代を舞台にした親子3代の大河ロマンで、昨年の吉川英治文学新人賞の候補になった。

 「20代前半は自分では違う趣向を凝らしたつもりでも、ぜんぶ青春ミステリーとして受け取られてきた。受賞を機に、これからもいい意味で読者の期待を裏切るようなテーマを見つけて書いていきたい」(野波健祐)=朝日新聞2022年3月16日掲載