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村松昭さんの鳥瞰図絵本「日本の川 たまがわ」 源流から海まで、旅するように

文:日下淳子、写真:スミナツコ

理科ではなく、社会としての川

――絵本「日本の川」シリーズ(偕成社)を描いてきた鳥瞰絵地図師(ちょうかんえちずし)・村松昭さんは、荒川・墨田川、筑後川に石狩川……と、日本中の大きな川を絵巻物のような絵本にしてきた。どこが源流で、どんな景色を経て川が流れていくのか、細かく描き込まれた作品からは、写真や地形図とは全く違った物語が見えてくる。シリーズの中でも人気がある『日本の川 たまがわ』は、一番最初に作った絵本だ。

 教科で言うなら「理科」としての川の本というよりも、「社会」として子どもの興味が持てる絵本にしたいと、編集の藤田隆広さんと話していました。子どもの本だから、ただ川を描くのでなくガイドが必要だということで、神様がおつかいの子に川を案内するという物語仕立てにしました。神様として登場するオオカミは、多摩川の源流の山に実際に祀られている神様なんですよ。

 川のはじまりはまず山で、まだ「多摩川」と呼ばれていない沢の水が集まっていきます。奥多摩湖の小河内ダムから下流が多摩川なんです。ダムでは、発電時に一度使った水を下流の発電所に送って再利用しているんですが、実際には見えない地下導水管も点線で描いています。

『日本の川 たまがわ』(偕成社)より

――村松さんの鳥瞰絵図は、鳥が上空から見下ろしているかのような描き方をする。そうすることで、川の周辺を通る鉄道や、シンボルの桜並木、そこに住む動植物、さらにその土地の歴史や言い伝え、川から生き物や化石が発見されたニュースなど、絵図ならではの情報を盛り込める。一方で、地形としての正確性を求められるため、制作には非常に時間がかかるという。

 まず、国土地理院の2万5千分の1の地図を買ってきて、徹底的に調べます。それから現地に足を運んで、細かいところを確かめていきます。近くまで行って眺めたり、何枚もスケッチを描きますね。川の本なので、温泉や水再生センターなど、水関係の施設はなるべく入れるようにしました。橋の数や形の正確さも重要です。つり橋かアーチ状の橋か、丁寧にスケッチして再現していきます。ダムを訪問したとき、職員の方に「あそこに見える山にいつもカモシカがいるんだよ」と言われたので、そこにカモシカも描き足しました。『日本の川 たまがわ』だけで、10冊ぐらいラフを描き直しましたね。取材に2年ぐらいかけています。

地形図をラフに落とし込んで、丁寧にチェックしていく

 現地取材は欠かせませんが、怖い思いをしたことも何度かあります。『あらかわ・すみだがわ』の取材のときに源流部を歩いていたら、すぐそばでものすごい大きな落石にあったことがありました。何の前触れもなく、すぐ上の斜面から落ちてきたんですよ。一緒にいた編集さんが、その後急いでヘルメットを買っていましたね。

赤いハンカチに気付く?

――その土地で暮らした経験がある読者なら、橋や建物に対する思い入れは大きい。絵図を見ながら、この場所でよく遊んだ、ここから眺めていた、ここに通っていた、など自身の経験を反映して懐かしむ人も少なくない。

 私が子どもの頃は、遊び場所は川しかありませんでした。釣りをしたり、泳いだり。この絵本に出てくる砂利の採掘場は「じゃり穴」と呼ばれて、大人に危ないから行っちゃダメって言われていた場所です。でもよく遊んでましたね。

 鉄道好きな子どもの読者も多くて、絵にはいろいろ工夫しています。刊行のときは、ちょうどJR中央線の車体の色が変わりつつあったときで、新しいほうの車体で描くことにしました。

『日本の川 たまがわ』(偕成社)より

 いただいた愛読者ハガキを読むと、この本を見ながら川をたどってくれる人もいます。子どもたちは本当に細かいところまで見てくれますね。実は絵本のはじまり部分で、源流に来ていた女の子が赤いハンカチを川に落としてしまうんです。そこから下流へめくっていくと、そのハンカチがどのページにも登場しています。そして最後は、お父さんが釣り竿で赤いハンカチを釣り上げているシーンで終わります。これ、よーく見ないと気づかないんですがね、子どもはちゃんと見つけてくるんですよ。

 数日前には、「ぼくも川の絵本を描きました!」って、小学生に上がる前ぐらいの読者が自作絵本を送ってくれました。絵と文字がびっしりで、赤いハンカチもちゃんと描いてある。この絵本を描いてくれた熱量はすごいですよ。嬉しいですし、本当に感心します。

 いまは川の絵本シリーズの新刊を作っていて、今度出る『日本の川 きたかみがわ』で8冊目になります。他にも富士山や屋久島、北陸新幹線沿いなどの絵地図を作っているので、いろいろ見比べて、楽しんで欲しいですね。