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マルクス・アウレーリウス「自省録」『善き人』へ至る過程を説く

 疫病、飢饉(ききん)、地震、戦争と苦難が続く中で、ローマ皇帝マルクス・アウレーリウス(一二一~一八〇)は「自分自身の魂の中にまさる平和な閑寂な隠家(かくれが)を見出(みいだ)すことはできない」と記した。本書は、人に見せるつもりではなく綴(つづ)られたとされる。

 人生は短い。大事なことだけして過ごそう。人からのジャッジは気にするな。そんなストア派哲学の流れを汲(く)む生き方が語られるが、説教くさいばかりではない。面倒だがやらなきゃいけないことにみずからをプッシュする姿勢には、血が通っている。この本が書かれたのは一八〇〇年以上も前だが、そのときから、生きることは予期せぬ苦境とそこからの回復だったのだなと伝わってくるのだ。

 SNS上などで他罰的な声があふれるいまなら、「他人の罪はその場に留(とど)めておくがよい」「一緒になって大きな声で嘆かぬこと、騒がぬこと」なんて一節にホッとするかもしれない。ひどい人に会えば、「不可能事を追い求めるのは狂気の沙汰である。ところが悪人がこのようなことをしないのは不可能なのである」「もっともよい復讐(ふくしゅう)の方法は自分まで同じような行為をしないことだ」なんて人間観察に納得するかもしれない。

 アウレーリウスは何度も「善き人たれ」と書いた。人に命じるのではなく、善く見せるのでもなく、実際に善くなっていく過程として。人を煽動(せんどう)する情報やネット上のアルゴリズムに振り回され、自分を見失いがちな昨今にこそ、ひとり静かに告白する『自省録』のような言葉との付き合い方から、落ち着きを取り戻せるのではないか。

 いまでいえば、人に言わない本心も含め、手帳の中で心象風景を正直に描写したようなものだろう。大切にすることや秘密をはっきりと自覚したうえで、今日も外へ出て、黙って役割を果たす。書かれた結果より書くプロセスに意義があるような、沈黙するための言葉も魅力的だなと、本書を読んでいると、なんだか安心するのである。木村俊介(インタビュアー)=朝日新聞2022年4月16日掲載

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 神谷美恵子訳、岩波文庫・946円=28刷47万部。2007年刊。菅田将暉主演のドラマで取り上げられ、写真入りの帯が話題になって3カ月で5万部増。