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小林武彦「なぜヒトだけが老いるのか」 感謝や利他で動くシニア像

 小学生の時の太平洋戦争敗戦体験があるので、平穏な日々こそ幸せと、老いや死を深く考えることなく過ごすうちに今や老いそのものです。支えは専門の「生命誌」であり、「40億年の歴史をもつ多様な生きものの一つである人間」を意識すると素直に生きられるのです。

 本書の著者も生物学を基盤に人間を見ており、生きものは変化と選択をくり返す進化のプログラムでつくられたものであり、「死は進化に必要」という、生物学による死生観を示します。私は納得ですが、多くの読者はどう受け止めるのか、知りたいところです。

 では、著者は死の前の老いをどう見るのか。「生物学的に見るとヒトの寿命は55歳のはずなのに、ゲノムが壊れにくく90歳に近い寿命をもつようになったのであり、人生の40%は老後とも言える」。さて、この期間をどう生きるか。ここで登場するのが「おじいちゃん、おばあちゃん仮説」です。人間は子育てが大変なので、おばあちゃんが必要だったという説を拡大し、男女共に年を重ね、欲はなく、感謝や利他で動くようになった人をシニアと名付けての著者独自の論が展開されます。

 シニアが活躍する大事な対象は少子化対策。若者が仕事を続けながら子育てができるよう手助けをする。結構ですが、最強のシニアと位置付ける女王バチは産卵という重労働を引き受けており、人間社会も産むヒト産まないヒトの二極化が起き、ひいては少子化対策になるかもしれないという予測は「?」です。

 少子化の原因は新自由主義と金融資本主義が作った非人間的社会にあり、これを変えれば、若者も感謝や利他の心を持ち、ゆったり子育てを楽しむはずです。数が増えればよいとは思いませんし、昆虫社会とは違うでしょう。シニアをめざす高齢者が読者なのか。老いに関心が高い若者が多いのか。本書が売れて、生きものの一つである人間として生きる人が増えると暮らしやすくなると期待します。=朝日新聞2023年8月19日掲載

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 講談社現代新書・990円=3刷4万部。6月刊。前著『生物はなぜ死ぬのか』に続いて「老いの生物学的な意味が分かる」と担当者。