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紅茶スパイ 英国人プラントハンター 中国をゆく [著]サラ・ローズ

[評者]楊逸(作家)

[掲載]2012年02月19日

[ジャンル]歴史 国際

表紙画像

■変装し危険冒して、最高の木と製法を

 いつも緑茶とお煎餅(せんべい)で埋めているおやつの時間を、たまに焼きあがったばかりのスコーンと一緒に薫り高いダージリンティーを飲んで過ごすと、不思議に優雅な気分になる。紅茶を飲んで、気だるい午後をエレガントなひと時に変えたこのイギリス人のアフタヌーンティー習慣の定着は、意外にもアヘン戦争のだいぶ後だという。
 イギリスの綿製品をインドへ、インドのアヘンを中国へ、中国の茶をイギリスへという「三角貿易」の中で、莫大(ばくだい)な利益を得るイギリスと、アヘンの蔓延(まんえん)に苦しみ抵抗する中国との間にアヘン戦争が勃発。負けた中国は、「本土でのケシ栽培を合法化」へと動いたりして、もがき続ける。
 三角貿易が崩れたら、イギリスが茶恐慌に陥りかねない。そう懸念した大英帝国並びに対中貿易を独占していた東インド会社は、インドでお茶を栽培するというプロジェクトを企てる。「最高のチャノキの丈夫な苗木と種を、何世紀にもわたって茶職人に伝授されてきた中国茶の最高の製法を、最高の茶産地から手に入れなければならない」——そんなプラントハンター役に選ばれたのは東洋産植物の栽培に精通する、スコットランド出身の園芸家・ロバート・フォーチュンだった。
 茶を求め、中国人従者の手作りの弁髪で中国人に変装し、上海から杭州へと進み、更に外国人に開放されていなかった内陸部の安徽省や、福建省の山岳地帯の茶畑にまで足を延ばす。アヘン戦争後、「太平天国」という農民蜂起が活発化する前夜の、「危険に満ちた」動乱の時代に、三度も中国に潜入し、その後二度日本にも訪れた。お茶のほか、数々の珍しい植物の種や苗木を収集して本国に持ち帰り、東洋での体験を本にまとめた。かくして一世を風靡(ふうび)したフォーチュンの探検記は、本書の一面での裏付けともなっている。
 園芸家フォーチュンの目は種や苗木だけにとどまらなかった。「湯を性急に沸騰させてはいけない。沸騰すると、最初はカニの目くらいの小さい泡が出て、やがて魚の目くらいの大きさの泡になり、最後には無数の真珠のような泡になって、くるくる回り、表面が波立つ」という湯の沸かし方についての一文から、彼がいかに優れた「スパイ」の目を持っているかがうかがえるだろう。
 その目で、「紅茶と緑茶は、別々の木で取れたもの」ではないことを見抜き、この当時のイギリスの「常識」を正すことができた。彼が中国から盗んだ種や苗木、連れ出した茶の職人が、150年の年月を経て見事にダージリンティーをはじめとするインド紅茶を育てた。その豊かな香りに、今日の私たちが癒やされてもいる。
    ◇
 築地誠子訳、原書房・2520円/Sarah Rose 米国のジャーナリスト・作家。ハーバード大学とシカゴ大学で学位を取得。新聞記者などを経て雑誌に旅行や料理の記事を寄稿。本書がデビュー作。

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