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JR上野駅公園口 [著]柳美里

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2014年05月18日

[ジャンル]文芸

表紙画像

 ■排除される側も巻き込む天皇制

 その男の人生に、天皇や皇后は大きな影を落としていた。そもそも生まれたのが現天皇と同じ昭和8年。妻の名は貞明皇后の名と同じ漢字の節子。息子が生まれた日は、現皇太子と同じ昭和35年2月23日だった。
 男は、常磐線の鹿島という駅に近い福島県八沢(やさわ)村(現・南相馬市)に住んでいた。昭和22年8月5日、天皇を乗せた列車が鹿島の隣の原ノ町駅に停(と)まったとき、天皇陛下万歳を叫んだ2万5千人のなかに、その男もいた。
 東京オリンピック前年の昭和38年12月27日、男は出稼ぎのため、常磐線に乗って上京した。昭和天皇が皇太子時代に狙撃された虎ノ門事件から40年目の日であった。それから息子が死に、妻が死んだ。帰郷していた男は、孫娘に面倒をかけるのが耐えられなくなり、再び上京して上野恩賜公園でホームレスになる。
 平成18年11月20日、現天皇と現皇后が上野の日本学士院を訪れるのに先立ち、「山狩り」が行われた。ホームレスの暮らす「コヤ」が立ち退きを迫られたのだ。男は、自分と同じ年齢の天皇が皇后と車に乗り、手を振っているのを見て、反射的に手を振り返す。その瞬間よみがえったのは、昭和天皇を原ノ町駅で迎えたときの光景であった。
 天皇、皇后が外出することを行幸啓という。行幸啓は、明治から敗戦までの天皇制を継承するものだ。民主主義という名目のもと、ふだんは見えない天皇制の権力が露出するとき、その権力は本書の主人公のような、排除される側の人々すらも熱狂の渦に巻き込んでゆくのだ。
 そしてあの震災が起こる。故郷は津波にのまれ、男は帰るべきところを失う。東京オリンピックの開会を宣言する昭和天皇の声が男の胸に迫る。男にとって、天皇制の呪縛から逃れるには、もはや命を絶つことしか残されていなかった。暗く重い余韻がいつまでも消えない小説である。
    ◇
 河出書房新社・1512円/ゆう・みり 68年生まれ。『魚の祭』(岸田國士戯曲賞)、『家族シネマ』(芥川賞)など。



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