地方競馬の19歳の女性騎手・芦原瑞穂が、たくましく成長していく物語。2014年刊行の『風の向こうへ駆け抜けろ』の続編だ。
「藻屑(もくず)の漂流先」とばかにされる廃業寸前の厩舎(きゅうしゃ)のスタッフは、傷ついた心を抱え、投げやりな人生を送っている。それでも瑞穂は女性蔑視とセクシュアルハラスメント、裏切りに耐えながら、前を向く。いつしか厩舎は一丸となって、起死回生の勝利をつかみ取る。疾走感あふれる文体に引き込まれ、読後には爽快さが残る。
この物語を書くきっかけは、女性騎手の少なさを知ったことだった。「こんなに女性の進出が進んだ世の中で、どんなに苦労をしていることかと思いました」
1年ほどかけて取材した。栃木県にある地方騎手の養成所、佐賀競馬の厩舎に行き、日本中央競馬会(JRA)の厩務員講座を受講した。現役の女性騎手にも話を聞いた。その経験が、作中の「どいつもこいつも寄ってたかって、私たちをバカにするな」「人の努力を、人の挑戦を甘く見るな」という言葉を生んだ。JRAで人気の藤田菜七子騎手から「どうしてこんなに騎手の気持ちがわかるのだろう」という言葉も届いた。
弱い存在に心を寄せる作風には理由がある。
「小説や映画のような『物語』は、弱い人のためにあるのだと思うんです。うまくいっていない人、居場所がない人、傷ついている人のために書いていきたい」
大学を卒業して映画会社に入ったが、仕事に行き詰まり、心が弱ったことがある。20代で大きな失恋を経験した。そんなとき、物語が癒やしてくれたという。
書いていると、登場人物になりきる瞬間が訪れる。パソコンのキーボードを打つ手の動きがもどかしいほど、言葉が湧いてくる。
映画会社を辞め、作家デビューしたのが6年前。「最初はいいものが書ければいいと思っていましたが、今は、書き続けるためには売れなければだめだと覚悟を定めました」。青春もの、大人の女性に向けた物語、戦争の三つのテーマを追究していくつもりだ。
(文・西秀治 写真・郭允)=朝日新聞2017年9月17日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 青木冨貴子さん「アローン・アゲイン」インタビュー 米国人ジャーナリストの夫と過ごした33年「大恋愛でした」 北野隆一
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 呪いとは何か 現代に生きる呪術に迫る3冊 朝宮運河
-
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「陰陽師0」奈緒さんインタビュー 平安時代の女王役「負の感情を『陽』に。自分の道は変えられる」 根津香菜子
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 生きるために、変化を恐れない。迷いが消えた福岡伸一「生物と無生物のあいだ」 中江有里の「開け!野球の扉」 #13 中江有里
- 大好きだった 君のお父さんもお母さんも立派な人だった 増田俊也 増田俊也
- インタビュー 「尾上右近 華麗なる花道」インタビュー カレーと歌舞伎、懐が深いところが似ている 中村さやか
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社