そこは、“少し前の東京”を感じさせる一角だ。「かんだやぶそば」などがある神田連雀(れんじゃく)町18番地(現・神田淡路町)。幕末は丹波篠山藩の上屋敷で、武家以外は入るのも難しかった。
北側の筋違(すじかい)広小路は、露店の商人や芸能者たちでにぎわっていた。明治6(1873)年の地租改正後、広小路は花壇になり、彼らは行き場を失うが、武家地跡地が民有地となって新たな広場が生まれた。明治9年、東京府に出された文書によると「食類出商人」や「説教祭文(さいもん)・辻講談」を唱える者がいた。
「これを見つけたときは、本当にうれしかったですね。都の公文書館が町場の史料をよく残していたと思います。今のような改ざんなど、考えられない」
松山恵さんは、日本近代史を専攻する明治大学の准教授だ。最初の著書『江戸・東京の都市史』では、幕末から明治への変化を、文献だけでなく地図や図面を使って読み解いた。明治政府は遷都し、東京の大半を占めていた武家地を舞台に、新旧の支配層をそっくり入れ替えたという。今回の本はそれを踏まえて、歴史叙述から抜けがちな、中堅の町人の動きも追った。
たとえば、明治初年、現在のJR田町駅の北側に広大な土地を持っていた、福島嘉兵衛という人物。戊辰戦争で新政府軍に人員を供給し、「貧民」などの養育を担った商人だ。
「こういう人間がいないと、統治できなかった。史料は残りにくいが、重要な存在です」
明治政府の近代化策のもとで順調な成長を遂げた、といった近年の「明治150年」事業の基本的なイメージには、とまどいを感じるという。
「今から見ていいこと、開明的に見えることを、為政者の視点で選んでいて、一面的だと思います。維新の元勲に私は共感しませんが、彼らも明治初年の段階では、そんなに盤石じゃない。多面的に見るべきです」
長崎出身。東京理科大学で建築史を、東京大学大学院で建築史と日本史を学んだ。
「それぞれの場所には、人びとの行為が刻印されています。事件や事象を、それが起きた具体的な都市空間にひもづけることで、歴史の全体に迫りたい」=朝日新聞2019年3月2日掲載
編集部一押し!
- 文芸時評 分身に託す「自分の時代」 どんな社会を作るのか 古川日出男〈朝日新聞文芸時評24年2月〉 古川日出男
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 呪いとは何か 現代に生きる呪術に迫る3冊 朝宮運河
-
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「陰陽師0」奈緒さんインタビュー 平安時代の女王役「負の感情を『陽』に。自分の道は変えられる」 根津香菜子
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 生きるために、変化を恐れない。迷いが消えた福岡伸一「生物と無生物のあいだ」 中江有里の「開け!野球の扉」 #13 中江有里
- 大好きだった 君のお父さんもお母さんも立派な人だった 増田俊也 増田俊也
- えほん新定番 kaiseiさんの絵本「ある犬のおはなし」 大切ないのちについて考えるきっかけに 澤田聡子
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社