東京・上野にある「国際子ども図書館」のレンガ棟は、明治に建てられた。戦後すぐまでは「帝国図書館」として使われていたが、当初の「東洋一」をめざす構想からはほど遠く、完成したのは計画の3分の1に満たなかった。中島京子さんの新刊『夢見る帝国図書館』(文芸春秋)は、その理想と悲哀の歴史をおかしみをもって伝える。
「金欠の歴史と言っても過言ではないわね」。作中で、帝国図書館はそう語られる。福沢諭吉が設置を提唱したが、西南戦争、第2次世界大戦と戦費がふくらむたびに事業が廃止になったり、増築が止まったりする憂き目にあう。戦時中は発禁処分になったり、戦地で略奪されたりした本が所蔵された。
苦難の歴史の一方、訪れた作家たちが生き生きと描かれる。「図書館に心があったなら」と前置きして語られる樋口一葉への恋情、宮沢賢治の恋のような友情、宮本百合子が戦後に「男女混合閲覧室」を訪れた驚き。「一進一退を続けながら、自由や人々の権利に資する図書館をつくろうとした歴史がすごく面白かった」と中島さん。
作品の構想を練る中で、「現代の私たちとつながるよう、図書館の歴史と、1人の個人史が交差すると面白く書けるんじゃないかと思った」。図書館にまつわる幼い頃の体験を胸に、抑圧された生活から逃れ、自由闊達(かったつ)な後半生を手にした女性・喜和子をめぐる物語が生まれた。
執筆時に、#MeToo運動や財務事務次官のセクハラ問題が話題になったことに影響された。「戦後70年以上が経っているにもかかわらず、女の人たちがまだひどい目にあって、不自由な思いをしているのを思い知らされた」
1985年に男女雇用機会均等法が成立、自身はその第1世代だ。「当時は、これから女の人は自由になっていくって信じていた。でも、80年代に予想したバラ色の未来に今、いないんですよ」
物語の終盤、敗戦直後の帝国図書館に、GHQのベアテ・シロタ・ゴードンが資料を借りにジープで訪れる。彼女はその後、男女平等をうたった憲法24条の原案を起草した。「帝国図書館にとって、最後にして最大の仕事だったかもしれない」と中島さんはつづった。(興野優平)=朝日新聞2019年6月26日掲載
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