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宮部みゆき「黒武御神火御殿」 人の痛みと相対させる物語の威力 朝日新聞書評から

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月08日
黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続 (三島屋変調百物語) 著者:宮部みゆき 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784620108452
発売⽇: 2019/12/07
サイズ: 20cm/569p

黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続 [著]宮部みゆき

 物語とは文字通り「モノを語ること」だ。『平家物語』の琵琶法師しかり。識字率が低かった昔は語り部がその役割を担っていた。 著者こそ当代随一の語り部だと私は常々思っている。なぜなら、現代物・時代物を問わず、ミステリー、ホラー、ファンタジー、どんな作品も間合いやリズムが絶妙で、聞き(読み)惚れているうちにあれよあれよと引き込まれてしまうからだ。なぜそんなことができるのか。著者はきっと書くことが楽しくてたまらないのだろう。心底楽しくて、語りたくて、そのまっすぐな思いが、弾む心が読者に伝染して虜(とりこ)にしてしまうのではないかしら。
 さて、本書はそんな著者の真骨頂ともいうべき一冊。正確にいえば、2008年刊行の『おそろし』からはじまって『あんじゅう』『泣き童子(わらし)』『三鬼(さんき)』『あやかし草紙』とつづく「三島屋変調百物語」シリーズの六作目である。
 江戸時代、怪談好きが集まって百物語を語る趣向がもてはやされた。灯を百ともして、ひとつ語り終えるたびに消してゆく。最後の蝋燭を消すと怪異が起きるといわれていた。このシリーズでは三島屋に設(しつら)えた座敷「黒白の間」でふしぎな話を聞くのは、前回まで主人の姪のおちかだった。語り手は自ら志願した者が毎回やってくる。つまり一対一、語り捨て・聞き捨てという決まり。
 本書からは三島屋の次男の富次郎が新たな聞き手になった。初めの三話も謎めいた因縁話にゾクリとする怪談がまぶされていて面白いが、なんといっても圧巻は第四話の中編、表題作だろう。
 語るのは、死期が近づいた甚三郎。放蕩三昧(ほうとうざんまい)をしていた頃の話。迷い込んでしまった異様な屋敷で神隠しにあったらしき五人と出会う。素性も事情も異なる六人がおぞましい屋敷から脱出するために手をたずさえて怪異の数々と死闘をくりひろげるのだが、これがすさまじい。怪魚や人食い虫、火炎地獄に飢餓地獄、黒い甲冑(かっちゅう)の侍、おまけに禁教の耶蘇(やそ)教にかかわる因縁まであらわになって、だれが生き残るか、恐怖に満ちた体験談は荒唐無稽のようでいて妙にリアル。手に汗握る。
 人はなぜ語るのだろう。私たちは皆、胸の奥に大なり小なり人にいえないなにかを隠している。苦しいから吐き出してしまいたい。聞き手に読者と等身大の、弱さや悩みを抱えた人間をすえたことも著者の慧眼。語り手は秘密をさらけ出すことで心を鎮め、人の痛みを知ることで聞き手は成長する。目を見て語り、膝を突き合わせて耳をかたむければこその効用である。もしかしたら著者がなにより語りたいのは、SNSにはない、〈物語の威力〉かもしれない。
    ◇
 みやべ・みゆき 1960年生まれ。87年に「我らが隣人の犯罪」で作家デビュー。『火車』(山本周五郎賞)、『理由』(直木賞)、『模倣犯』(毎日出版文化賞特別賞)、『名もなき毒』(吉川英治文学賞)など。