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「アロハで猟師、はじめました」書評 現実味帯びる自給と贈与の生活

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2020年07月25日
アロハで猟師、はじめました 著者:近藤康太郎 出版社:河出書房新社 ジャンル:動物学

ISBN: 9784309028873
発売⽇: 2020/05/26
サイズ: 20cm/236p

アロハで猟師、はじめました [著]近藤康太郎

 本書の著者は、東京渋谷育ちの新聞記者である。前から付き合いがあったが、会社まで自転車で通うような風変わりなところがあった。しかし、長崎に移動してから、耕作放棄地を借りて稲作を始めたのには驚いた。さらに、今度は、猟師となったのである。本書には、その顚末(てんまつ)が書かれている。
 実は、狩猟は好きで始めたことではなかった。生き物を殺すのは子供の頃から嫌であった。ただ、農業を通じていろいろ人の世話になったので、その恩返しとして、田を荒らす猪(いのしし)の狩りをしようと考えた、という。猟において大事なのは、射撃や罠の技術以上に、猟場、つまり、獲物がどこにいるかを知ることである。それは人が来ない奥地である。猟師は猟場を人に教えないので、自分で見つけなければならない。そこで、山奥まで歩き回った。四年の試行錯誤を経て、猟の「方法論を確立した」という。
 彼には、田植えを始めた時に師匠がいたように、猟を始めた時にも師匠がいた。彼らは共に、ほとんどカネを使わず、自給並びに贈与交換によって生活の多くをまかなっていた。それが新鮮であった。しかも、それは誰にでも取り入れることができるものだ。たとえば、東京に住み働いている者が、「千葉や、埼玉、神奈川など近県の耕作放棄地に、月に一、二回程度通って百姓しつつ、最低限の生活の糧は手に入れ、夢をあきらめずに自活する、そんな選択が、いまよりずっと現実的になるはずである。東京近郊にも、耕作放棄地は多いのだ」。
 このような考えがより現実的に感じられる時代が到来したような気がする。コロナ疫病によって、物流システムの脆弱さに気づいたことなどから、田舎での自給自足的生活への関心が、世界的に高まっていると聞く。私自身、毎日、多摩丘陵を歩き回るようになった。周囲に里山が多いことに気づいた。時には、珍しい鳥や獣に遭遇した。
    ◇
 こんどう・こうたろう 1963年生まれ。朝日新聞編集委員兼日田支局長。『おいしい資本主義』『リアルロック』など。