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「アニメ大国建国記 1963-1973」「東映動画史論」 トリビアも実証も 文化の深みへ 朝日新聞書評から

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2020年12月05日
アニメ大国建国紀1963−1973 テレビアニメを築いた先駆者たち 著者:中川右介 出版社:イースト・プレス ジャンル:ゲーム・アニメ・サブカルチャー

ISBN: 9784781619125
発売⽇: 2020/08/19
サイズ: 19cm/486p

東映動画史論 経営と創造の底流 著者:木村 智哉 出版社:日本評論社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784535559639
発売⽇: 2020/09/12
サイズ: 21cm/365p

アニメ大国建国記 1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち [著]中川右介/東映動画史論 経営と創造の底流 [著]木村智哉

 子どものころ「アトムシール」を集めるのに夢中になった世代もいまや高齢者に仲間入りしつつある。かくいう評者もそのひとりだが、『アニメ大国建国紀』はそんな読者をあたかもタイムマシンのように過去へ連れ戻してくれる。
 なにしろページを繰るたび、どのテレビアニメにも覚えがある。「鉄腕アトム」「鉄人28号」「エイトマン」「スーパージェッター」「狼(おおかみ)少年ケン」「少年忍者 風のフジ丸」……いずれも主題歌を口ずさむことさえできそうだ。
 しかしこれらの番組がどんな条件下で制作され、いかに競いながらなにを残したかについては知らないことが多数ある。たとえばアトムのようなスーパーヒーローでなく「初めて普通の日本の子どもたちが出てき」た「オバケのQ太郎」。それが視聴率30%以上を維持しながら原作まで打ち切りになったのは、実はスポンサーの「オバQチョコレート」の売り上げ低下のためだという。
 クラシック音楽誌の編集経験もある著者はトリビアな知識をちりばめ、マニアックな健筆で業界風雲録を描きながら、高度成長期の子ども市場を争った大人たちの思惑をも透かし見せるのである。
 他方、テレビアニメ以前に劇場用アニメの要衝だったのが東映動画。その歩みをたどった『東映動画史論』は、労組資料をふくむ社内文書や労働争議の裁判記録まで一次史料を博捜し、実証的に検討した高水準の学術書である。
 東映動画といえば「白蛇伝」や「安寿と厨子王丸」が文部省推薦の名作とされるが、娯楽本位のチャンバラ映画で「俗悪」と見られた東映が、学童向けの「教育」的使命で本社の社会的認知を上げる役目を期待したのが東映動画の始まりだという。
 しかし実写と見まがう「安寿と厨子王丸」は現場の若手アニメーターや評論家には「くそリアリズム動画」でしかないばかりか、封建的身分制の悲劇を描く筋立ても「本社に従属した東映動画の表徴」だった。なお高畑勲が演出、宮崎駿が作画を担当した「太陽の王子ホルスの大冒険」が争議の渦中に制作されたという「伝説」についても本書は慎重に留保したうえで、会社側の労務管理と制作現場の関わりを具体的に追う。
 現代の映画史研究は作品論や作家論のほか観客論や映画館論なども盛んだが、本書はマイナーな芸術としてのアニメの現場を産業史・経営史と労働史の両面から検証し、低賃金の労働環境下でアニメーターたちの「創造」がいかに発揮されたかを歴史学者の丹念な観察眼で明らかにするのである。
 偶然同時期に上梓(じょうし)された両書だが、この対照的なアプローチこそアニメ文化の深化の賜物だろう。
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 なかがわ・ゆうすけ 1960年生まれ。作家、編集者。著書に『文化復興 1945年』『手塚治虫とトキワ荘』など▽きむら・ともや 1980年生まれ。玉川大非常勤講師。専門はアニメーション史、映像産業史。