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「ヘルシンキ 生活の練習」書評 素の姿見つめ思い込みに気づく

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月19日
ヘルシンキ 生活の練習 著者:朴 沙羅 出版社:筑摩書房 ジャンル:社会学

ISBN: 9784480815620
発売⽇: 2021/11/16
サイズ: 19cm/275,5p

「ヘルシンキ 生活の練習」 [著]朴沙羅

 なんていいタイトルだろう。ピアノの運指のようにサッカーのドリブルのように、たゆまず生活の練習をし続けてよりよい人生となるよう努力する。社会学者の著者が就学前の2人の子供とフィンランドのヘルシンキに移住し、肌身で感じとったのはそんな精神だ。
 以前本欄でとりあげたカンキマキ『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』でも、かの国の特質はリュースランタ美学という言葉で表されていた。現実的で機能的。阿吽(あうん)の呼吸や忖度(そんたく)などないが、きちんと要望すれば具体的な解決案が示されるといった、実用性重視の価値観である。
 本書でも、家探しに難航していると愚痴ってはじめて、職場から社宅が斡旋(あっせん)される。就業に際し望ましい装いはと問えば、リフレクター付きの、気候に適した服装でとのみ助言される。コロナ禍でも保育所が登園を許可するのは「それがあなたにも子どもたちにも必要」との判断から。つまり規則に厳格なのではなく、人に相対しているのだ。
 著者は日本での暮らしで同調圧力の強さと在日コリアン差別にさらされてきた。その圏外に逃れるべく移ったヘルシンキで、主に子供への教育方法を通じて彼我の差異を見つめる。フィンランド礼賛でも日本すごいでもない、ニュートラルな目で。PISA(国際的な学習到達度調査)や世界幸福度の指標では測れない、それぞれの素の姿。
 「その違いに驚くたびに、私は、自分たちが抱いている思い込みに気がつく」
 なかでも際立つ違いが、技術と練習という概念の浸透ぶりだという。怒の感情を抑えこむのではなく、それを言語化し相手に伝える練習をすること。人を笑うのでなく、友達を楽しませる別の方法があると知ること。人間性の善しあしに還元せず、技術の獲得を教育すること……。己がスキルの研鑽(けんさん)で社会の風通しをよくするとの考え方は、個人の最大の肯定だ。著者の驚きと喜びが本から伝わる。
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ぱく・さら 1984年生まれ。ヘルシンキ大講師(社会学)。著書に『家(チベ)の歴史を書く』など。