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「科学とは何か」書評 科学の源たどり文化の混淆説く

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月19日
カルロ・ロヴェッリの科学とは何か 著者:カルロ・ロヴェッリ 出版社:河出書房新社 ジャンル:

ISBN: 9784309254418
発売⽇: 2022/02/22
サイズ: 20cm/275p

「科学とは何か」 [著]カルロ・ロヴェッリ

 著者は「ループ量子重力理論」と呼ばれる独創的モデルを提唱した物理学者の一人。さらに、歴史と哲学に関する豊富な知識を背景として、最先端の物理学を伝えるベストセラーを数多く著したことでも有名だ。
 本書は、紀元前6世紀のギリシャの哲学者、アナクシマンドロスの革命的な思想に焦点をあて、それが現代科学の源流であることを強調する。その先駆性は以下の例からも明らかだ。
・天候は自然現象で、雨水はもともとは海や川の水である(雨はゼウスの意思ではない)
・大地は虚空に浮遊する有限な大きさの物体だ
・自然を形づくる事物の多様性はすべて、目に見えないなにかを起源とする(物質は目に見えない素粒子からできている)
・あらゆる動物は原初の水に起源をもつ。最初の動物は魚で、やがて陸にあがり適応し人間となった(生物は進化する)
・あらゆる事物が別の事物に時間的に変化する過程は必然に支配されている(自然は法則にしたがう)
 アナクシマンドロスが看破したこれらの事実は、ガリレオ、ニュートン、ダーウィン、アインシュタインらが再発見した現代科学の基礎そのものなのである。
 この歴史を踏まえ、科学とは人間がなしうるもっとも美しい冒険だとする著者の科学観が語られる。
 世界の本質を探る科学の役割。あらゆる意見は等しく真だとする極端な文化的相対主義の危険性。異なる価値観を尊重しつつ、混淆(こんこう)させ発展させる重要性。
 卓抜した文章力のおかげで、科学を超えた普遍的文化論の神髄が我々の胸の奥底にまで届く。「人間の愚行によって、なにもかもが集団のアイデンティティに、孤立に、対立に、戦争に引き戻されるようなことさえなければ、文化の混淆が、『善くあること』への可能性を開いてくれる」
 現在進行中の世界の不条理な混乱を前に、この言葉の重さを嚙(か)み締めたい。
    ◇
Carrlo rovelli 1956年、イタリア生まれ。理論物理学者。『すごい物理学講義』『時間は存在しない』など。