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東雅夫さん注目のホラー・幻想 かなしさと懐かしさ、あちらの世界

  • 夢伝い
  • チベット幻想奇譚(きたん)
  • メキシカン・ゴシック

 〈エンタメ季評〉の幻想文学とホラーを担当する東雅夫です。皆様をまだ見ぬ、あちら側の世界へ誘うような新刊の数々を紹介して参りますので、何卒(なにとぞ)よろしく!

 さて、連載1回目の冒頭に登場するのは、ミステリーとホラーを股にかけて活躍する宇佐美まことが、久々に放つホラー純度満点の短篇(たんぺん)集『夢伝い』。帯には〈出口なし!〉の恐怖をアピールする稲川淳二御大の言葉が。

 表題作は、独特な筆致のダークファンタジーで注目を集める新鋭作家と、担当編集者が主人公。

 突然、新作を「書けない!」とリタイアする作家。狼狽(ろうばい)した編集者は、北陸の僻地(へきち)に隠棲(いんせい)する作者を訪ねて、驚くべき創作の秘密を垣間見るのだが……何度も繰り返される〈夢は危険だ。夢を伝って何かがやって来るから〉というフレーズが、単なる謎解きではなく次第に呪詛(じゅそ)めいた迫力を帯びてくるところが、読みどころだろう。

 「沈下橋渡ろ」「送り遍路」など、作者の郷里・四国の呪術的風土を描いた作品群も印象的だが、何といっても本書の白眉(はくび)は、巻末に置かれた「母の自画像」に尽きる。

 余命わずかな父に教えられ、美大出身の亡き母親の自画像を見つけた主人公は、瀬戸内の小島に遺(のこ)された、母と元恋人との〈選び取らなかったもう一方の世界〉へと惹(ひ)き寄せられてゆく……。風光明媚(めいび)な瀬戸内の情景と相まって、主人公を魅了する、まぼろしの世界の哀感が、永く心に残る逸品だ。

 『チベット幻想奇譚(きたん)』は、知られざる現代チベットの作家たち10名の怪奇幻想的な作品を紹介したアンソロジー。テーマごとに3章に分けられ、それぞれに詳しい解説が加えられており、〈チベット怪談〉初体験の読者にも、親切な造りになっている。

 巻末収録のランダ「一脚鬼カント」に描かれているように、〈もともとチベット人はお化け話が大好きな民族〉だという。それはまた、決して現実から乖離(かいり)した世界ではなく、チベットの日常社会の片隅に、今も現存するものだと、編訳者のひとり三浦氏は指摘している。我々日本人にとっても相通ずるところのある、土俗的で、どこか懐かしい世界が、ここにある。

 最後は、新鋭シルヴィア・モレノ=ガルシアの長篇『メキシカン・ゴシック』。タイトルどおり、メキシコ奥地の山上に建てられた英国風城館を舞台に繰りひろげられる、新感覚のゴシック・ホラーである。本書が『嵐が丘』や『丘の屋敷』の正統的な後継作品であることは間違いないが(ギルマンの異常作「黄色い壁紙」の影響も顕著!)、後半部のアッと驚く展開に明らかなように、ラヴクラフト作品や東宝怪獣映画のはるかなる余韻も感じさせて、本書がまぎれもない21世紀の産物であることを実感させずにはおかない。=朝日新聞2022年6月22日掲載